「あら、お義母(かあ)さん。どこかお出掛けですか?」

みどりが洗濯ものを干し終えてベランダから部屋に戻ると、セットアップを着込み、ばっちりメイクをした義母の佐枝が鏡の前でアクセサリーを選んでいた。

「ええ。美容院に行ってから、お友達とランチ。南青山のレストランなのよ。ねえ、みどりさん。この洋服なら、こっちのイヤリングとこっちのイヤリング、どっちが合うかしら」

佐枝は左右の耳に違うイヤリングを当てて、みどりのほうを向いた。

半年の同居生活で分かったことだが、こうやって佐枝が聞いてくるとき、たいていはどっちがいいか佐枝の答えは決まっている。だからこれは質問ではなく問題だった。回答には明確な正解が存在していた。

「うーん、どちらもすてきですけど、シルバーのほう、ですかね。ほら、青い宝石がお洋服の色味とも合ってますし」

「えー、そうかしら? 印象がぼやっとするじゃない。デザイナーだっていうけど、そんなんでお仕事大丈夫なの? 全然センスないじゃない」

佐枝はため息を吐いて、みどりが選ばなかったゴールドのイヤリングをつけた。

どうやらまた不正解だったらしい。別にみどりがファッションに関心がないとか、そういうわけではないと思う。もちろん特別にセンスがいいとは思わないが、人並みにおしゃれを楽しんできたつもりだ。だがみどりは1度たりとも佐枝が出してくる“問題”の正解を引き当てたことがない。感性が根本的に合わないからなのか、それとも佐枝があまのじゃくなのかは分からないが、外すたびにぼそっとこぼされる小言には、正直かなりイラっとする。

「それじゃあ、行ってくるわね。みどりさんも、そんな地味な格好してないで。もう32歳でしょ? もう若くないって自覚しないと。女であることをやめたら、祐也だって見向きもしなくなるわよ」

「そうですね。気をつけます」

「頼むわよ~。松田家の女として、そういう部分に抜かりがあってはいけないの」

松田家って別に大した家柄じゃないだろう、という言葉はのみ込んで、みどりは笑顔でやり過ごす。佐枝は玄関で最近また新しく買ったらしいパンプスを下ろし、足音を鳴らして出て行った。みどりはしばらく天井を仰いだあと、気持ちを切り替えるように髪を結んで仕事に取り掛かった。

職場の先輩の結婚式で知り合った祐也と半年前に結婚して、みどりは祐也の実家で暮らし始めた。Webデザイナーをやっているみどりの仕事は基本的に家での作業だったので、郊外の実家に引っ越すこと自体に問題はなかったが、大きな懸念はあった。

フルリモートである以上、みどりは実家に1人で暮らしていた義母と四六時中顔を合わせなければいけない。別に悪い人ではないのだが、みどりは佐枝のことが苦手だった。

まずセンスが合わない。どちらかと言えばシンプル志向のみどりに対して、佐枝は華美で派手好きだった。食い違うたびにみどりを刺してくる小言も含め、百歩譲ってそれはそれでいいとしても。ランチだショッピングだ美容院だと毎日のように銀座や青山などの都心に出掛けていくのも、みどりにとっては気がかりだった。

すでに義父は他界しており、遺族年金とみどりたち夫婦の収入が松田家の家計を支えている。みどりはフリーランスで働くWebデザイナーで、祐也は業界では大手の人材派遣会社の営業職をしているので、ささいなぜいたくにいちいち目くじらを立てるほど生活が厳しいわけではなかったが、それでも子育てや介護、自分たちの老後など先々のことを考えると、派手な出費をただ放っておくわけにもいかないような気がしていた。