自分の人生を人に預けるのはやめよう

「よし」

真悠はこの日のために用意したトレンチコートを鏡の前で羽織った。美容院にも一昨日行ったばかりだし、身だしなみは完璧だ。初出社で何をそこまで、という気がしなくもなかったけれど、これからはまず自分の気持ちを大事にすると真悠は決めたのだ。

結局、慧祐とは離婚することになった。

離婚までの手続きはスムーズで、まさかこの最後になって、お互いの意見がぴったり一致するなんて出来すぎた皮肉だと思ったら、別れ際は2人して笑うことができた。

真悠は5年住んだマンションを出て、独り暮らしを始めた。最初は居酒屋とスーパーのパートを掛け持ちしながら、合間の時間で勉強し、医療事務の資格を取った。

正社員として雇われるのはもう6年ぶりのことになる。気持ちはもうほとんど新入社員みたいなもので、30代も半ばにして何を言っているのかと自分でも思うけれど、新しい生活に踏み出す1歩は、いつだって緊張と不安と期待の入り交じる不思議な高揚感がある。

憧れていた専業主婦生活は思い出すとつらかったり腹が立ったりすることばっかりで、もうこりごりだった。自分の人生を、生活を、もう人に預けるのはやめようと思う。

これからは全て自分の力で生活をしていくのだ。

そう決意を改めて開いた玄関扉の向こうには、どこまでも開けた青空が広がっていた。

複数の事例から着想を得たフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。