あなたがしっかりしないと

萌の円形脱毛症は進行し、1日に8度ある陸人のミルクは完全に苦行になっていた。何度か母乳をあげることを試み、そのたびに世界の終わりのように泣かれ、粉ミルクを使えば意味のない罪悪感にさいなまれた。

そんなあるとき、母乳もあげていないのに陸人が激しく泣きわめく日があった。萌は陸人の顔がいつもより赤いことに気付く。手を額に当ててみると、いつもより熱かった。萌は慌てて陸人の脇に体温計を入れた。体温を確認すると、38度1分と表示された。明らかに平熱を超えていた。萌はすぐにかかりつけの病院に電話をしてタクシーを呼んだ。タクシーを待っている時間は永遠のように長く感じられた。

鳴り響いたインターホンに応対すると、訊ねてきたのは暁子だった。萌は玄関を開け、暁子を招き入れる。そのあいだもずっと、陸人は泣き叫んでいる。

「お義母(かあ)さん、陸人、熱が出ちゃってこれから病院に行くところなんです」

「あら、大変じゃない。病院は? 救急車……」

「いえ、タクシーを呼んであります。もうそろそろ来ると思うんですけど」

「何悠長なこと言ってるの。母親なんだからあなたがしっかりしないと!」

謎にしかられるのも、もう慣れすぎて何も響かない。間もなく到着したタクシーに3人で乗り込み、病院へと向かった。