<前編のあらすじ>

念願の子供を授かった萌(32歳)は、母乳が出づらい体質だった。近くに住んでいる義母が子育てや家事を手伝いに来てくれることはありがたく思っていたが、母乳信者の義母は粉ミルクを与えていることについて再三嫌みを言ってくる。

夫に相談するが、話は聞いてくれるものの、実際に義母に物を申すなどの行動に移ることはなかった。

孫を思っての発言なのだと思うと、萌は強くは反論もできず、ストレスをため込んだせいか円形脱毛症になってしまった。

●前編:「また粉ミルクをあげてる」“母乳信者”の義母に悩まされ…主婦が直面した「無慈悲な体の異変」とは

原因はストレス

産後のホルモンバランスの乱れから抜け毛や肌荒れが起きるという話は、萌も事前に調べて知っていた。しかし親指の爪程度だった脱毛部分は大きくなり、おでこの上以外にも、頭頂と右耳の上のあたりにも地肌が見えていた。原因は定かではないが、ストレスに原因の一端があるとすれば、それは間違いなく暁子の母乳信仰にあると萌は思った。

「それじゃ、また、洗濯をやっちゃうわね」

「ありがとうございます……」

ベランダへ向かう暁子と入れ替わりに、萌は洗面所へ向かった。確認するたびに地肌が見える部分は大きくなっているような気がするが、確認せずにはいられなかった。鏡に映る萌は疲れ切り、みすぼらしかった。心なしか顔色も悪いし、目の下にはくまがくっきりと刻まれている。近々どうにか時間を作って美容院に行きたいと思っていたが、これでは髪を染め直す以前の問題だ。

「こんなはずじゃなかったのに」

萌はつぶやく。吐き出した絶望に呼応するように、ついさっきまで上機嫌だったはずの陸人がまた泣き出した。リビングに向かい、萌は陸人を抱き上げた。時計を見ればもうミルクをあげなければいけない時間だった。時間は萌を駆り立てるように、あっという間に過ぎ去っていく。

萌はキッチンで哺乳瓶を用意しようとして手を止めた。ミルクをあげていれば、またきっと責められるだろう。耐えられなかった。萌は哺乳瓶を置き、陸人を抱いてソファに座り、右の乳房を差し出した。いつもと違うと思ったのだろうか。一瞬おっぱいを口にくわえた陸人だったがすぐに吐き出し、顔を真っ赤にして泣き続けた。

「ほら、飲んで。飲んでよ……!」

しかし萌の祈りはむなしく、陸人は泣き叫ぶだけだった。

「何やってるのっ⁉」

その泣き声を聞きつけてか、暁子がベランダから戻ってくる。その表情はゆがめられており、まなざしは鋭い。

「何って、おっぱいをあげようと……」

「そんな一朝一夕で出るわけないじゃない。まずは自分の生活を見直さないとダメでしょう」

暁子はキッチンへ向かい、途中で放り出したままになっていたミルクを手際よく作っていく。やがて暁子はミルクを作り終えて萌の前にやってくると、泣き続けている陸人を萌の腕から奪い去る。

「まったく、ダメなママですねぇ。仕方がないから粉ミルクで我慢してねぇ」

萌はあふれそうになる涙を必死に堪えていた。もう、限界だと思った。