わきあがる学校への疑念

幸いにも病院での迅速な処置のおかげで、大事には至らなかった。病院のベッドに寝かされた真奈の身体には、まだうっすらとじんましんの跡が残っているものの、その寝息は穏やかだった。医師の説明では、しばらく様子を見て問題なければ、自宅に連れて帰って問題ないとのことだった。

修子はホッと胸をなでおろしたが、同時に新たな疑念が生まれた。どうして真奈は卵が使われた給食を口にしたのか。卵アレルギーに関しては、日頃から真奈に口酸っぱく注意してあった。真奈自身も知識がついて、自分でも気を付けるようになっていた。

給食についても、入学したときに学校側に医師の診断書を提出し、アレルギー対応を求めている。給食のアレルギー対応は、地域や学校によってさまざまのようだが、真奈の通う学校の場合は、申請すれば主食に限りアレルギー対応食への置換が可能となっていた。つまり、アレルギーを引き起こす食品が主食に使われていた場合は、学校側が代わりの主食を用意してくれるのだ。

例えば、給食にパンが出た日であれば、真奈のように卵アレルギー持ちの児童は、他の子供たちが食べる主食とは別で、卵不使用のパンを配ってもらえる。ただし、主食以外の副菜やデザートに卵が含まれていた場合は、対応食の用意がないため、それぞれの家庭で代わりのおかずを作って子供に持たせることになっていた。

その日は、給食のスープに卵が使用されていたため、修子は保温容器に今朝作ったスープを入れて真奈に持たせていたはずだった。

「村松さん」

ロビーで手続きを待っていると、声を掛けられた。顔を上げると付き添いで病院に来ていた真奈の担任・高嶋が立っていた。修子は春先から担任になったこの男があまり好きになれなかった。どことなく保護者や子供たちを軽んじている、事務的な態度がうさん臭く思えていた。

「先生っ! 一体何があったんですか?」

「いやー、突然のことで驚きましたよ。とにかく真奈さんが無事で何よりでした」

高嶋は、問い詰めるように言った修子に対し、真奈がアレルギー対応を起こした経緯をごく簡単に説明した。

「真奈さんが『少しなら食べられる』と言って、給食のスープを飲んだんです」

「真奈が? 自分でですか?」

修子が眉をひそめながら尋ねると、高嶋は大げさにうなずいて言った。

「ええ、自分から飲みましたよ。そうしたら、みるみるうちにじんましんと咳(せき)が止まらなくなったもので、慌てて救急車を呼んだんです。他の子供たちも大騒ぎでね……いやぁ、参りましたよ」

「そうですか……どうもご面倒をおかけいたしました」

高嶋からは謝罪の言葉のひとつすらなかった。修子は彼の説明にも当然不信感を覚えたが、仕事を中抜けして病院に来ていることもあり、その場はおとなしく引き下がるしかなかった。