「ハッピーバースデートゥーユー」

修子は、笑顔でバースデーソングを歌っていた。明かりを落とした部屋の中で、小さな7つの点がゆらゆらと修子の手元で揺れていた。修子が向かう先には、満面の笑みを浮かべる娘・真奈とその様子をうれしそうに見守る夫・大吾の姿がある。今日は、真奈の7歳の誕生日。修子が歌いながら手に持っていたプレートを目の前に置くと、真奈は我慢できなくなって声を上げた。

「うわぁ、イチゴがいっぱいある!」

修子は、思わず大吾と顔を見合わせほほ笑み合った。真奈がろうそくの火を吹き消したのを確認し、部屋の明かりをつけた。

「真奈、7歳のお誕生日おめでとう!」

「ありがとう!パパ!ママ!」

3人分の拍手が鳴りやむのを待って、修子は真奈にフォークを渡す。

「いただきます!」

真奈は元気よく、大好きなイチゴを夢中で頰張り始める。

「慌てないでゆっくり食べなさいね」

娘の誕生日を祝う両親。一見ありふれた幸せのワンシーンだが、実は真奈の前に置かれているのは誕生日ケーキではない。色とりどりのフルーツを皿に盛り付け、それをケーキに見立ててろうそくを刺していた。

真奈には卵アレルギーがあって、ケーキをはじめとした卵を含む食品を食べることができない。生後6カ月のころに初めて離乳食で卵を与えたところ、じんましんなどの症状が出てしまい、卵アレルギーが発覚したのだ。

医師からは、小さい子供は消化器官が未発達なためアレルギーを起こしやすいのだと説明された。修子が自分でも調べたところ、主に卵白に含まれる「オボアルブミン」と「オボムコイド」というタンパク質が関係しているらしかった。このうちの「オボアルブミン」は、加熱するとアレルゲンではなくなるそうで、同じ卵アレルギーでも十分に加熱すれば鶏卵を食べられる人もいるそうだが、真奈の場合はよく加熱したとしてもアレルギー反応が出てしまうので、おそらくもう一方のタンパク質がアレルギーになっていた。加熱処理しても卵が食べられないということは、パンやお菓子類だけでなくマヨネーズなどの調味料にも気を付けなければならない。

そういうわけで、真奈の誕生日に用意されるのは毎年フルーツプレートだった。

もっと小さい頃は、どうしても誕生日ケーキが食べたいと号泣して、修子も大吾もなだめるのに苦労したものだった。だが最近の真奈は、自分のアレルギーについてだいぶ理解できるようになり、むやみにケーキやお菓子をねだることもほとんどなくなった。それどころか一緒にスーパーに買い物に行くと、修子が何も言わなくても自分で食品表示を確認して食べられる商品を取捨選択できるほどだ。

修子は、そんな真奈の成長をうれしく思いつつ、好きなものを思いっきり食べることができない娘をふびんにも感じてしまうのだった。