心配で飛んできた一人娘
さらに冨美子が念のためと勧められた検査を終えて、夕方ごろ病室に戻ると、ベットの脇には見慣れた姿を見つけることもできた。
「幸代……?」
「お母さん、大丈夫⁉」
勢いよく振り返った幸代が立ち上がる。幸代は冨美子へ駆け寄って手を握り、何でもないことを理解して息を吐いた。
「病院から電話があって、仕事を早上がりさせてもらって来たのよ」
「ああ、そう言えば、家族の連絡先を聞かれたっけ」
「もうしっかりしてよ。自分で気を付けてって言っておいて、お母さんが倒れたら意味ないじゃない」
幸代の言葉に冨美子は頰を緩める。
「大げさよ、もう。全然大丈夫だから。一応2日は状況も見るために入院する必要があるってお医者さまがおっしゃってたけどね。今すぐ退院したって平気だよ」
「ばか言ってないで、ちゃんと安静にしてて。私、家に帰って着替えを取ってくるから。休みももらったし、入院中は実家に泊まるね」
「まぁ……」
冨美子はうれしくて言葉が出なかった。ぼうぜんと立ち尽くす冨美子を見て、幸代があきれたように笑う。
「当たり前でしょ。仕事なんてやってる場合じゃないもん」
幸代がここまで自分を心配してくれるなんて。
感激で胸がいっぱいになる。
「ほんと、お父さんのこと思い出して、血の気が引いたわ」
「心配をかけてごめんなさいね」
口にした言葉とは裏腹に、内心は喜びで満ちあふれていた。
2日間の入院期間中、幸代はほとんどの時間を病室で過ごしてくれた。看護師たちも冨美子を目にかけ、優しい言葉をかけた。それは冨美子にとって何にも代えがたい幸せな時間だった。
しかし夢が必ず覚めるように、幸せだった時間は終わってしまう。看護師に見送られて退院すると、幸代は当たり前のように自分の家に帰ってしまった。うなだれて伏せた視線の先、冨美子の胸に下げられたペンダント型緊急通報ボタンが目に入る。その瞬間、冨美子の脳裏にある考えが浮かんだ……。
●つかの間の娘とのふれ合いをかみしめた冨美子の「ある考え」とは……? 後編【「タダなんだから…」高齢母の“タクシー感覚で救急車を呼ぶ”クセを治した「もっと早くすれば良かった」提案】にて、詳細をお届けします。
※複数の事例から着想を得たフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。