茉奈の休憩中に夫を訪れる人物とは?

「隼人も4月からは高校3年生か。医学部を目指しているんだろう?」

「おかげさまで。金沢からも『鳶が鷹を生む』だって言われています。お義父さんの隔世遺伝です」

「茉奈さんだって国立大の看護学部を出てるんだから十分優秀じゃない。先生もお孫さんがお医者さんになってくれたらうれしいですよね」と、高梨さんが横やりを入れる。

「内孫は二人とも医学に興味がなさそうだからな」

「お母様似で、派手な仕事が好きなんですよ」

高梨さんの突っ込みに思わず笑ってしまった。病院の理事長である元義姉はPTAや婦人会の役員を歴任した後、昨年には地元議会の議員選挙に立候補して初当選を果たした。元義兄はそんな妻に頭が上がらないようだ。

手元のアップルウォッチを見ると、既に40分が経過している。「そろそろ戻らないと」と席を立った。「そのうち、隼人を連れてくるといい」。元義父の言葉にうなずいて、最上階の部屋を後にする。

慌てて屋台に戻ると、店先の子供たちが気まずそうに顔を見合わせた。「シェフは?」と尋ねると、「今ちょっと外してます」という答えが返ってきた。

ふと桜並木の方に目をやると、夫と長身でスタイルのいい女性の姿が見えた。すぐにあのソムリエール(女性ソムリエ)だと分かった。いい年をして、恋人同士のようにいちゃついている。

 

気付かないふりをして接客に入る。子供たちの顔がこわばっているのが分かる。「子供にまで気を使わせて何をやっているんだか」と心の中で夫に毒づいた。

5分ほどして戻ってきた夫は、「悪い、ちょっと店に用があって」と言い訳をして、私と目を合わせないようにしながら残った商品のチェックを始めた。

「パニーニサンド1つ、ください」。聞き覚えのある声に振り向くと、なんと、あのソムリエールが立っていた。「あら、来てくれたんですね」造り笑顔で平静を装う。

「今日はお天気も良くていいお花見日和だこと」ソムリエールは体のラインを強調した桜色のニットのワンピースがよく似合っている。匂い立つような色香に気圧されてはいけないと両足を踏ん張った。

●夫の不貞に気付きながらも茉奈さんが“両足で踏ん張る”ワケとは? 後編【息子に“自分と同じ思い”をさせないために…夫の裏切りに耐える女性の「決して揺るがない目的」】で詳説します。

※この連載はフィクションです。実在の人物や団体とは関係ありません。