元夫との離婚と元義父との再会

「忙しいのに悪いね」

「いえ。こうしてお義父さんとご一緒させていただくのは私も楽しみですから」

多摩地区で病院を経営していた元義父は10年前に院長の座を長男に譲り、今は診察も古い付き合いの患者さんだけに絞っている。病院の近くに200坪の自宅があるが、長男一家との暮らしはいささか居心地が良くないと、相続税対策で購入したこのタワーマンションで暮らし始めた。家政婦の高梨さんも一緒に移ってきた格好だ。

 

私は8年前まで二男の妻だった。元夫は進学校から有名私立大学の医学部に進んだエリートの長男と違い、偏差値も商才も真ん中レベルの普通の人だ。亡くなった元義母に似て物腰が柔らかくて優しいが、ストレスには滅法弱い。

義父の病院の整形外科で看護師をしていた私は、事務長だった元夫と恋愛結婚をした。しかし、その後、元夫は父親の財産目当てに近づいてくる“ビジネス仲間”とやらにいいようにあしらわれ、事業の立ち上げと清算を何度か繰り返した。

しまいにはアルコールが手放せなくなり、自室に引き籠もった。私たちの間には当時小学生だった一人息子の隼人がいて、このままでは隼人にも悪影響を及ぼすと二人で話し合って離婚を決めた。

そうした経緯があったので、1年前にマンションのエントランスで再会した時はお互い驚いたものだ。私がシェフの現夫と再婚してマンションの近くでイタリアンバルをやっていると話すと、元義父は時折店に顔を出したり、テイクアウトの注文をしたりしてくれるようになった。

元義父に言わせれば、「身内のよしみではなく、金沢君の料理が掛け値なしにうまいからだ」ということのようだ。中でも桜まつりの時だけ出しているナポリタンは大好物らしい。

食事の後、高梨さんが用意してくれたケーキとエスプレッソを楽しみながらしばし談笑した。