増岡さん家族が抱える秘密

最上階に住む増岡さんはとうに還暦を超えているはずだが、いつ会っても髪型やメイクは一分の隙もない。今日は明らかにカシミヤと分かる高級感のある明るいブルーのニットに、腰のラインを強調したグレーのタイトスカート。バイカラーのバッグはエルメスだろう。

「おはようございます」と挨拶したが、当然のように無視された。

 

増岡さん率いる高層階の奥様グループは、マンションの自治会の婦人会やイベントなどを仕切る“牢名主”のような存在だ。桜まつりでもお気に入りのレストランから料理人を招いてカフェを開いたり、フリマを開催したりしている。

「大規模マンションだからこそ、住民同士の交流を深めることが大事」と言う割には排他的で、私のような下々の者には絶対に声がかからない。マンション内のママ友の北村さんは、皮肉を込めて「殿上人」と呼んでいる。

けれど、私は知っている。古希を迎えた増岡さんの旦那さんが、経営する不動産会社の事務員を愛人にしていること。増岡さん宅の隣に住む実の娘が夫や子供そっちのけで歌舞伎町のホストに入れ上げていること……。誰にも人に言えない秘密はあるものだ。

先に用事を済ませた増岡さんが、こちらを見ることもなく出口へと向かう。

「お上品なふりして、とんだ色ボケ家族じゃない」

心の中で思い切り舌を出した。

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※この連載はフィクションです。実在の人物や団体とは関係ありません。