ネグレクトが疑われる男児

春先だというのに半袖半ズボン。よく使いこんだことがうかがえる洋服はどちらもよれていて、身体に対してサイズは小さすぎる。袖や裾からのぞく手足は痩せていて、伸びっぱなしの髪の毛は肩に当たって跳ねている。

早苗は手を振ってみる。男の子は早苗に手を振り返してくれる。早苗は振っていた手を前後に動かし手招きに変えた。

「こんにちは」

立ち上がった男の子はゆっくりと歩み寄り、早苗の隣に腰を下ろした。

「勇太くん、今日はおなか減ってない? おにぎり作りすぎちゃって、よかったら食べてよ」

「えー、また?」

早苗は巾着からおにぎりを取り出して、男の子――勇太の膝に置く。もちろん作りすぎたわけじゃない。今日も学校帰りの勇太がいるかもしれないと思い、早苗はわざわざおにぎりを1つ余分に作ってきていた。

「わ、からあげだ!」

おにぎりを一口かじった勇太は、中身に気づいて声を上げる。また? と言いながらおいしそうに食べてくれる勇太を見ていると早苗の気持ちは和んだ。

「今日もお母さん、帰り遅いの?」

それとなく聞こうとしたことは思いのほか直接的な言葉になってしまって、早苗は心のなかで後悔する。からあげ入りのおにぎりをあっという間に平らげた勇太は黙り込み、地面につかない足をぶらぶらと揺らしている。

勇太の母親は、昼間はスーパーでレジ打ちのパートをし、夜は駅前のスナックで働いている。父親は勇太が今よりももっと小さいころ、事故で死んでしまったそうだ。勇太は家での時間のほとんどを、独りで過ごしている。

「そうだ。ちょっと待ってて」

早苗は店のなかへ戻り、ふぞろい品で店に出せなかったのり弁当を1つ、こっそりと持ってくる。もちろん人にあげていいはずのものではなかったけれど、長く働いている早苗と店長の間柄だから、きっと店長も大目に見てくれるだろう。

「おばちゃん、それなに?」

「余っちゃったの。あげるから、よかったら夜ご飯に食べて」

「いいの?」

「もちろん」

早苗は言って、ビニール袋に入れたのり弁当を勇太に持たせて送り出す。

「ありがとう、おばちゃん」

「いいからいいから。ほら、ちゃんと前見て歩かないと危ないよ」

いつものように何度も早苗を振り返る勇太が見えなくなるまで、早苗は手を振り続ける。

ちょうど同じくらいの身長だろうか――。

勇太のまだ少しランドセルのほうが大きい後ろ姿に、今はもういない息子の姿を重ねてしまう。早苗は小さくなっていく勇太の背中から顔を背けずにはいられなかった。