突然の来訪者
いつの間にか眠り、うまく眠れずに夜明け前には目が覚める。すべきことはない。せんべい布団の上に座りながら、ただ時間が過ぎるのを待っている。
「なあ、芳美」
妻の写真に呼びかける。しかし呼びかけるだけでいつも次の言葉は出てこない。ほかでもない自分がないがしろにし、傷つけ続けた芳美に、一体どんな言葉を掛ければいいのかが分からない。
喉元でほどけて消えていく言葉の代わりにたばこをくわえた。親指にめいっぱいの力を込めて火をつける。肺のなかを紫煙で満たす。吐き出した煙は薄まりながら、天井へと上っていく。
窓から差し込む光の強さで、朝になったのだと分かる。
こんな生活でも腹は減る。昭一は机に手をついて立ち上がり、冷蔵庫の中身を確認する。少し前に買ってなんとなく食べる気をなくしていたコンビニ弁当が傾いたまま突っ込まれている。冷え切った弁当をレンジで温める。洗い忘れていた箸をそのまま使って、弁当を食べる。
弁当を食べたあといつの間にか眠ってしまった昭一が目を覚ましたのは、——ポーン、と家のなかで響いている音に気がついたからだった。
ピンポーン。
玄関のベルが鳴る。昭一のもとを訪ねてくるような人間に心当たりはなかった。けれどベルはまた鳴り、さらにもう一度鳴った。
これは出ないといつまでも鳴らされそうだと、昭一は仕方なく立ち上がる。外の寒さは堪えるからと床に放り出されていたジャンパーを羽織る。もう何年も掃除をしていないフローリングの上を歩いて、右足の靴下が脱げていることに気づいた。
鍵を開けて扉を開ける。黒い上着を着た、知らない男が立っている。歳は五十くらいだろうか。どちらさまですか、昭一は男に聞いた。男はため息を吐いた。
「まあ35年ぶりじゃ仕方ないか。俺だよ、オヤジ。晃だよ」
男はそう言って、白髪交じりの髪を上げる。右のこめかみにはくっきりと縫った痕があった。
落ち葉を巻いた冷たい風が、家のなかへと吹き込んでくる。