劉成が北海道大学の獣医学部を受験すると言い出したのだ。

これには言葉を失った。勉強とサッカーを両立させてきた劉成は進学先の有名私立高校でも成績を維持し、東京大学の理科三類はギリギリだが理科一類なら合格圏内と言われていた。それなのに、なぜ?

主人は「劉成の人生だ。自分の決めた道を歩むといい」と突き放した。それでも私は納得できず、劉成に何度も再考を促した。

結局、劉成は意志を貫いて北大を受験し合格。翌年の桜の季節には私たちの下から旅立った。そして、以降は春や夏、年末年始といった大学の休暇期間中も一度として我が家の敷居をまたぐことはなかった。

その劉成から久しぶりに「家に帰る」という連絡が入ったのは今年の春。帰宅した劉成は大学の同級生だという小柄な女性を伴っていた。

 

「この人と所帯を持とうと思って」

平成生まれなのに随分古めかしい言葉遣いをするのだなと思った。

劉成は大学を卒業し、獣医師国家試験に合格したばかりだった。彼女の父親が釧路で動物病院を経営していて、今後はそこで働くつもりだという。

「分かった。劉成の好きにすればいい」。主人の口調は、劉成が北大を受験すると言い出した時と全く同じだった。

私は「二人ともまだ若いんだし、急ぐことはないんじゃない」と返した。それが精一杯だった。

6月に釧路で執り行われた結婚式には、私たち夫婦も参列した。初めてお会いした新婦のご両親はいかにも道産子といった朴訥(ぼくとつ)な方々で、陽気なお父さん先生と劉成の間には、既に実の親子のような信頼関係が構築されているのがうかがえ、少しばかり嫉妬した。

披露宴の席で「お久しぶりです」とビール瓶を手に寄ってきたのは、劉成の幼なじみのブリーダーの息子さんだった。