「明日香には申し訳ないけれど、こんな状態では結婚する自信がない」。挙式予定日の半年前に彼からそう切り出された時、私はただうなずくことしかできませんでした。しかし、すんなりと現実を受け入れられたわけではありません。当時の私は「絶対に30歳までに結婚する」という考えにとりつかれ、彼との結婚に向けて着々と歩を進めていくことが日々の生活の最優先事項になっていたからです。

その日の帰路考えたのは「式場の予約をキャンセルしなくちゃ」「もうしばらく今の家に住むことになるんだな」といった事務的なことでしたが、帰宅後は結婚を祝福してくれた両親や姉、友人たちの顔が浮かび、「この人たちにどう報告すればいいわけ?」とやり場のない怒りや悲しみの感情が湧き起こり、号泣しました。

コロナ禍の非常事態とはいえ一番大切なものを突然なくし、喪失感に打ちひしがれました。デザイン事務所での仕事には身が入らず、それまで結婚準備に充てていた休日のスケジュールが真っ白になっても、代わりに何かを入れて埋める気にはなれません。お店の販促や資金繰りに奔走する彼との関係もぎくしゃくし、会うと必ず口げんかになり、やりとりは週に数回、SNSだけになりました。もともと人付き合いが苦手なインドア派の人間だったこともあり、仕事以外は家に引きこもるような生活が1カ月ほど続きました。

異業種交流会で出会った「面白い」人たち

そんな私を見かねた幼なじみの友人に誘われたのが、地元で定期的に開催されている20代のビジネスパーソンによる異業種交流会でした。友人は「面白い人がいっぱい来るから、参加して絶対損はないよ」と気乗りしない私を半ば強引に外の世界に連れ出してくれたのです。実際、交流会では何人もの「面白い人」に出会いました。有名IT企業のエリート社員、地域ブランドのプランナー、新しい医療機器の開発で起業を目指す人……。聞けば、コロナ禍で福岡にはベンチャー志向の若者が続々移住しているのだそうです。

私が美大の出身だったこともあり、そのうちの1人が「NFT(Non-Fungible Token:非代替性トークン)に投資してもうけた」という話をして盛り上がりました。NFTは暗号資産と同じブロックチェーンの技術を使うことでデジタルデータに改ざん不可能な所有権を付与するもので、それによって従来は複製がしやすく所有権も明確にしづらかったデジタルアートの唯一性や希少性が認められて価値が高まり、高値で取引されるようになったのだそうです。日本の小学生がiPadで描いた作品が数百万円で取引されていると聞かされ、驚きました。デザイナーでありながら、そんな世界があること自体全く知らなかったからです。