〈前編のあらすじ〉

妻に先立たれ独り暮らしをしていた68歳の大石次郎さん(仮名)の元に、ひとりの女性がやって来ました。彼女は証券会社の新しい営業担当者で、落ち着いた雰囲気や、どことなく亡き妻の面影を感じる姿に大石さんは好意を抱きます。

電話やメールでやりとりを重ねるうちに、彼女は身の上話や会社の内情まで打ち明けるように。大石さんはますます好感を持ち、2人で食事に出かけるなど関係性を深めていきます。

そんなある日、彼女から「2000万円でこの債券を買ってほしい」と言われ……。大石さんがとった行動とは? そして大事な資産の行方は?

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勧められた“おいしい”商品「仕組み債」

差し出された販促資料には、長くてとても覚えきれない海外の債券の名前が書いてありました。頭の中では「どうやら、これまで投資したことがある国債や社債とは違うようだぞ」という警報が鳴っていましたが、彼女から「この債券は、大石さんのように資金も経験も豊富な投資家さん向けのものだから、誰にでもお勧めできるわけではないんです」と懇願され、何も言えなくなりました。彼女の前では良き顧客、良き理解者でありたいという見栄も多分にあったと思います。その日は金曜日だったので、週明けに口座に2000万円を入金すると約束して帰宅しました。

預金は息子の勤務先の銀行で定期にしていたため、息子にも一言断っておかなければと思い、翌日土曜日の午前中に電話をかけました。2000万円という金額を聞いて、息子は最初投資詐欺を疑ったようです。「懇意にしている証券会社の営業員から勧められた」と話したら、「自分だけで決めるのでなく、中立的な専門家の意見も聞いてみた方がいいよ」と助言されました。聞けば、息子の大学時代の親友で私とも面識のある新谷君が、2年前に証券会社を退職しIFA(独立系ファイナンシャルアドバイザー)として活躍しているというではないですか。

息子はその日のうちに新谷君を連れて自宅にやって来ました。彼女から渡された資料に目を通した新谷君はおもむろに、「大石さん、“仕組み債”という名前を聞いたことがありませんか?」と尋ねてきました。そういえば、少し前に会社の元同僚が「仕組み債で退職金を溶かした」と話していたような。まさかこれが、その仕組み債だったとは!

「仕組み債は、国債のような元本保証商品ではないのです。この債券だと運用対象となる株式の価格が満期時にあらかじめ設定された水準を下回ると、元本の65%程度しか償還されません。大切な老後資金の運用には不向きなハイリスク商品ですよ」

新谷君の話を聞きながら、自分の顔からみるみる血の気が失せていくのが分かりました。いくらノルマのためだとはいえ、彼女はこの債券の商品性を知りながら、あえて私に勧めたのです。

「僕も証券会社にいたから分かるのですが、お客様泣かせの仕組み債は現場の営業員にとってはおいしい商品なんです。しかも、他の金融機関に預けた資金を引っ張ってくるのは“ニューマネー”といって大幅なポイントアップの対象になるんですよね」

追い討ちをかけるように、新谷君が言いました。