嫌いな父を放っておけない娘

「贈与にあたって条件を決めておきましょう」

「条件?」

「そう。まず、お父さんに必要な生活費や医療費は残すこと。それから、今後は我慢せずエアコンを使う。食事を削らない。壊れた物は直す。具合が悪ければ病院へ行く」

「そこまで口を出される筋合いはない」

雅美自身も、あれだけ嫌っていた道夫に干渉している自分に驚いていた。

老いた父から財産をむしり取り、そのまま死ぬまで放っておくことができたなら、どんなに楽だったか。だが、どうやら自分は鬼にはなれなかったらしい。本音を隠すように、雅美はわざと無愛想に口を開いた。

「私たちのためのお金だと言ったのはお父さんでしょう。受け取る側にも条件くらい言う権利はあるでしょ。お父さんが、きちんと暮らせなくなるくらいなら、私は受け取らない」

道夫は眉を寄せたが、最後には小さくうなずいた。

 

夕方、気温が下がってから、雅美は道夫を近所のスーパーへ連れ出した。涼しい部屋で積極的に水分補給をさせたおかげか、体調もいくらか回復したようだった。食料品売り場を歩き回り、魚や野菜、卵、牛乳をカゴに入れるたび、道夫は「そんなにいらない」「高い」と文句を言う。

「お父さん、倹約と断食は違うの。下手な節約生活で健康を損なったら、もっと高くつくわよ」

「ふん」

実家へ戻ると、雅美は野菜を入れた汁物と焼き魚を用意した。道夫は台所に立つ雅美をじっと見ていたが、昔のように味や手際へ口を出さなかった。食卓につくと、道夫がぽつりと言った。

「金は渡す。だから、もう俺のことは放っておけばいい」

「お金を受け取ることと、お父さんがここで倒れるのを放っておくことは別だよ。帰ったら、食材の宅配や家事支援を調べておくから」

「……好きにしろ」

それが今の道夫にできる精いっぱいの受け入れ方なのだと、雅美は思った。エアコンの風が部屋を巡り、食卓に並んだ料理の湯気をかすかに揺らしていた。

※複数の事例から着想を得たフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。