昼下がり、乾いた洗濯物を畳んでいた志桜里は、ふと手を止めた。ひとり息子が大学進学のため家を出てからというもの、西田家のリビングはずいぶん静かになった。ほんの数カ月前まで、階段を駆け下りてくる足音や笑い声、動画やゲームの音声が響いていたのに、今は時計の秒針の音まで耳につく。
ファミリーカーを手放すとき
志桜里が畳んだ洗濯物を片付けてリビングに戻ると、ソファに座っていた夫・智輝がこちらを振り向いた。
「なあ志桜里。車、買い替えようと思うんだけど、どう思う?」
「どうしたの、急に。今の車、まだ乗れるんでしょう?」
「乗れるけど、もうあんな大きいのはいらないだろ。あいつを乗せて遠出することもないし」
智輝が顎で窓の外を示す。駐車場には、息子が小学生のころから乗っているファミリーカーが止まっていた。
「そうね。しばらくは3人で出かけることもなさそうだものね」
ぽつりと口にすると、志桜里の胸に寂しさが広がった。
「だろ? それで、何台か候補を見てるんだ」
智輝は待っていましたとばかりにスマートフォンを取り出した。画面を指で送りながら、聞き慣れない車名や年式らしき数字を並べていく。どうやら新車ではなく、ビンテージ車がほしいらしい。
「こっちは形がいいし、こっちは走りが面白そうなんだよ。内装も――」
「ごめん、正直見ても違いが分からないわ」
志桜里は苦笑した。
一応家族の車とはいえ、志桜里が運転するのは、雨の日や重い物を買うときくらいだ。車種にもカラーにもこだわりはなく、きちんと動けば十分だと思っている。
「私、たまに買い物で使うだけだし。あなたが乗りたいものにすれば?」
「えっ、本当にいいのか?」
智輝の顔がぱっと明るくなった。その子どものような反応を見て、志桜里も思わず口元を緩めた。自分の趣味で車を選べるのがよほど嬉しいらしい。智輝はテーブルに車のカタログまで広げ、今度は維持のしやすさや部品の話を始めた。だが、志桜里の記憶にはほとんど残らなかった。
「決まったら教えてね」
「分かった。ちゃんといいのを選ぶよ」
志桜里はキッチンへ向かい、2人分のコーヒーを淹れた。ちらりと振り返ると、背後では、智輝が楽しそうにカタログの写真を見比べている。香ばしい香りに包まれながら、志桜里はそんな彼の姿を眺めていた。
