佐藤博一は51歳。都内の人材派遣会社で営業部長を務めている。転職を繰り返しキャリアアップしてきたタイプで、今の会社も約半年ほど前に転職してきたばかりだ。だいぶ慣れたとはいえ、まだまだ社内の雰囲気に慣れていく必要があった。
同じく総務部長の堂島光一(52)も、約3ヶ月ほど前に転職してきたばかりだった。佐藤とは仕事上の関わりは薄かったが、年も近く、境遇も似ていた。特に入社直後で右も左も分からなかったころ、堂島は佐藤を頼ることが多く、佐藤のほうも、同年代で話があう堂島と積極的に関わるようになり、自然に仲良くなっていった。
その日も、どちらかから誘ったわけでもないのに、まるでそれが当然と言わんばかりに、佐藤と堂島はいつものようにランチを共にしていた。
こってりした料理よりも和食が好きという、食の好みも同じだった。2人の行きつけは会社から徒歩10分ほど先にある、小料理屋のランチだった。
その日、佐藤は魚の煮付け定食、堂島は生姜焼き定食を頼んだ。
料理が運ばれてくるまでの間、2人の話題は、社内で進められているとあるプロジェクトのことに集まりがちだった。
「予想外のトラブルが起きてね…」
「世の中全体で働き方が変わってきたし、うちの会社も新しい取り組みをやっていかなきゃいけないと思うよ。リモートワークだって、最初のうちは反対論もあったけど、導入してみたら評判がよかったし、どんどんやっていいと思う」
佐藤はお冷に口をつけると、そんな風に話を切り出した。
「だから、職務規定の改訂自体には別に反対じゃない。むしろどんどんやるべきだって思ってる」
「俺も同じだよ」
堂島はそう言うと、スマホのメールチェックをやめて画面を消し、テーブルに置いた。
「俺だって別に反対はしてない。ただ、会社として、できることとできないことがあるからね」
そう言って、堂島は腕を組んだ。憤懣やるかたない、とまではいかないが、何か不満を抱えていそうな雰囲気だった。
「まあ、服装は仕事に影響するしなあ。特に、営業さんはそういうの結構気にしてるよ」佐藤が言った。
「そうだろうな。まあ、そういうことを踏まえた上で、今日の午前中に、ワーキンググループのミーティングをやったんだが、実は、予想外のトラブルが起きてね……」
