金属バットの乾いた音が響いた。打ったボールは力なく転がり、正面で捕球したショートが一塁へと送球した。塁審がアウトをコールしたところで、打者はその場で崩れ落ち、志穂の周りにいた保護者たちはため息をついた。やがて志穂は握りしめた手をゆっくりほどき、手を叩いた。
高校3年生になる一人息子、隆人の最後の夏が終わった。
選手たちがホームベースを挟んで整列し、審判が試合終了を告げる。野球部のキャプテンでエースを務める隆人はベスト16進出を懸けた試合で強豪私立を相手に最後まで投げ抜いたが勝つことはできなかった。
うつむく選手たちが多い中、隆人は仲間の肩を叩き、声をかけて回っていた。自分も悔しいはずなのに、最後までキャプテンとしての務めを果たそうとしている隆人の姿を見て胸が痛んだ。
今年のチームなら絶対にいけると隆人は夏の予選が始まる前に話していた。目標としていたベスト16進出を果たせると本気で信じていたのだ。相手が強豪だったとはいえ、悔しいに決まっている。人一倍野球に懸けていた隆人だからこそ、かなりショックを受けているのではないかと心配だった。
最後の夏を見届けた母
その日の夕方、先に家に帰った志穂は隆人の好物である焼き肉を準備していた。志穂は隆人が小学生のときに離婚して以来、地元の食品卸会社で事務の仕事をしながら2人で暮らしてきた。金銭的に余裕があるわけではないが、今日だけは奮発していい肉をたくさん買い、隆人をねぎらってやろうと思った。
玄関の開く音がして、志穂はすぐに向かった。志穂の顔を見た隆人は笑顔を見せた。
「ごめん、勝てなかったよ」
志穂は首を横に振った。
「ううん、隆人はすごく頑張ってたじゃない。謝るようなことはしてないよ」
「うん。まあでも負けは負けだ」
何かつきものが落ちたような顔で隆人は話していた。どう慰めたらいいだろうかと思っていたので、志穂は肩透かしを受けたような気分だった。
「手を洗って着替えてきなさい。今日は焼き肉だからな。もう準備してあるわよ」
「うわ、マジで! やったー!」
そう言うと隆人は足取り軽く自分の部屋に戻っていった。
食事の間ももりもりと食べ「夏休み中、がっつり遊べるから楽しみだ」と隆人は話していた。切り替えの早さに引っかかりを覚えたものの、やるだけのことをやったからすっきりしているのだろうと志穂は自分の中で結論づけた。
