夫が選んだまさかの一台

納車当日、昼食の片づけをしていると、家の前から低く唸るようなエンジン音が聞こえてきた。志桜里は驚いて手を止め、窓越しに駐車場を見た。

「ええ……何あれ」

見慣れたファミリーカーの代わりに入ってきたのは、角張った車体に丸いライトをつけたレトロなデザインの車だった。運転席から降りた智輝は、少年のような笑顔でこちらへ手を振った。

「志桜里、ちょっと来てくれよ」

外へ出ると、智輝は車の前に立ち、誇らしげに両手を広げた。

「どうだ。格好いいだろ」

「これが……新しく買った車なの?」

「ああ。ずっと前から一度は乗ってみたかったんだ。形もいいし、このエンジン音もたまらないだろ」

智輝はボンネットや丸いライトを指し、続いて運転席の扉を開けた。年季の入った内装にも味があるのだと説明するが、志桜里には、手入れの行き届いた古い車にしか見えない。促されるまま運転席をのぞき込み、志桜里は足元に3つ並んだペダルを見つけた。シフトレバーの形も、前の車とは違う。

「ちょっと待って。これ、マニュアル車でしょう。私は運転できないわよ」

智輝は一瞬きょとんとしたあと、たいした問題ではないというように笑った。

「志桜里が使うのなんて、たまの買い物くらいだろ。必要なときは俺が送るから、困らないって」

「それって、毎回あなたに頼まないといけないってことじゃない」

「だけど、荷物持ちもいた方が楽だろ?」

志桜里は返事をせず、車を見つめた。

ちょっと外出するために、いちいち智輝の予定を確かめなければならなくなる。送ってもらうことが、必ずしも便利とは限らない。

とはいえ、自分が運転するのは月に数度ほど。車選びを任せたのも志桜里自身だ。何より、車を見つめる智輝の顔には、隠しようのない喜びが浮かんでいる。

「……本当に、買い物には付き合ってくれるのね」

「もちろん。任せろよ」

「それなら、まあいいわ」

智輝はほっとしたように笑い、再び車の説明を始めた。志桜里は半分聞き流しながら、ふと気になって尋ねた。

「ところで、これ、いくらしたの?」

「えっと、それは……」

智輝が答えた金額に、志桜里は思わず聞き返した。何と1000万近くもするらしい。

「そんなにするの? こんなに古いのに?」

「古いから価値があるんだよ。状態もいいし、部品もかなり替えてある」

息子の学費や老後の資金は確保してあるし、家計が傾くわけではない。それでも、志桜里には理解しがたい金額だった。

「よーし、かわいがってやるからな」

智輝はクロスを取り出すと、さっそく車体を磨き始めた。志桜里はその背中を眺め、短く息を吐いた。