夏の夜、リビングのテーブルには模試の結果と大学案内が広げられていた。雅美はスマートフォンの家計簿を開き、表示された貯蓄額を見直す。数字が変わるはずもないのに、指だけが何度も同じ画面を行き来する。

「はあ……」

結婚20年、これまで堅実に暮らし、夫と2人で息子の直樹の進学資金を用意してきた。だが、医学部となれば話は別だった。教育ローンや奨学金を利用するという手もあるが、後々の負担を考えると気が進まない。おそらく貯めていた老後資金を大幅に切り崩すことになるだろう。

息子の夢と家計の現実

雅美がまた息を吐いたとき、廊下から足音がした。

「まだ起きてたの?」

部屋着姿の直樹が、テーブルの上へ目を落とす。模試の判定と、付箋の貼られた大学案内を見て、雅美が何をしていたのかすぐ分かったらしい。

「うん……ちょっと大学のこと調べてただけよ」

「学費でしょ?」

雅美は答えず、スマートフォンの画面を伏せた。直樹は向かいの椅子に座り、模試の結果を引き寄せた。

国公立医学部の判定は厳しい。一方で、私立なら現実的に合格を狙える学校がいくつかあった。

「正直、国公立はかなり難しいと思う」

「今はそうね。でも、まだ時間はあるでしょう。後悔しないように、じっくり選びなさい」

「うん……でも、私立は高いよね」

その言葉に、雅美の胸が詰まった。直樹は幼いころから、医師になりたいという夢を持ち続け、目標に近づくための努力を積み重ねてきた。雅美たち夫婦も、そんな息子の将来のためにできる限りのことをしてきたつもりだ。

「1年浪人して国公立を目指すのもありだと思う。それでも無理なら、医学部以外も考えるよ」

「そんなに簡単に決めないで」

「簡単に言ってるわけじゃないよ」