息子の夢を前に揺れる雅美
直樹は目を伏せた。
「医学部には行きたい。でも、父さんと母さんを追い詰めてまで行きたいわけじゃない」
息子にそんなセリフを言わせたことが情けなかった。雅美は指先を握り込み、できるだけ明るい声を出した。
「学費のことは、お母さんたちが何とかする。直樹は心配しなくていい」
「でも――」
「いいから、今は受験のことだけ考えなさい。お金のことは、私たちの役目だから」
直樹はしばらく雅美を見ていたが、やがて小さくうなずいた。
「分かった。おやすみ」
「おやすみ」
自室へ戻る背中を見送り、雅美は再びテーブルへ目を落とした。何とかすると言ったものの、具体的な方法は見つかっていない。
「やっぱり無理してでも貯金を崩すしか……」
そのとき、視界の端に母の13回忌を知らせる案内が映った。
生前、母が医師になりたいと言った直樹を嬉しそうに褒めていた記憶がふとよみがえる。だが続けて、父である道夫の姿が頭に浮かび、雅美は思わず顔をしかめた。道夫は、亭主関白を絵に描いたような、どうしようもない人物だった。最後に会ったのは母の7回忌の法要で、そのときも儀礼的な挨拶を交わしただけで、まともに会話はしていない。
「はあ……会いたくない」
考えなければいけないことも、面倒なことも次から次へと迫ってくるばかりで、雅美の都合を待ってはくれない。
雅美は憂鬱な気分で案内を手に取った。母の法要には参加したい。しかし、父とは話したくない。相反する2つの感情を抱えたまま、雅美はハガキを手の中でもてあそんだ。
