かつての威圧感を失った父
数日後、雅美は1人で母の13回忌が行われる寺を訪れた。セミの声が降り注ぐ境内には、すでに親族たちが集まっている。その中に道夫の姿を見つけた瞬間、雅美は足を止めた。
「お父さん……」
前回会ったときにも老いは感じたが、今回はさらに痩せていた。頬はこけ、目は落ちくぼみ、喪服の肩回りには不自然なほど余裕がある。清潔にはしているものの、サイズが合っておらず、何年も買い替えていないことが見て取れた。
かつての道夫は、母や親族たちにあれこれ指示を出し、耳障りなほど大声で話していた。だが今は、誰かに声をかけられれば短く返事をするだけで、自分から人の輪へ入ろうとしない。親族が近況を尋ねても「変わらん」とだけ答え、仏頂面で視線をそらしていた。やがて雅美と目が合った。
「……来たのか」
「うん、久しぶり」
それだけで会話は途切れた。雅美も、無理に続けるつもりはなかった。
法要が始まってから、雅美は何度か道夫へ目を向けた。めまいでもするのか、しきりに畳に手をつき、体勢を崩していたからだ。読経が終わるころには、小さく震えているようにも見えた。法要後、道夫は住職と軽く挨拶を交わしたかと思うと、集まった親族たちを見送りもせず、1人でさっさと寺を出ていった。
「お父さん、ちょっと待って」
雅美は親族の1人にその場を任せ、慌てて道夫を追いかけた。外へ出ると、強い日差しが石畳を白く照らしていた。道夫は門を抜けて少し歩いただけで足を止め、塀に手をついた。
「ちょっと待ってってば。お父さん、身体は大丈夫なの?」
雅美が追いつくと、道夫は露骨に顔をしかめた。
「俺に構うな。1人で帰れる」
「そんなふらふらの状態で?」
「余計な世話だ」
昔と変わらない口調に、胸の奥がざわついた。だが、塀から無理に離した手がかすかに震えている。何かの病気か、それとも熱中症か。不調の原因は分からないが、道夫の弱り切った姿を見ているうちに、雅美はつい口を開いていた。いくら憎い相手でも、そのまま見捨てて帰れるほど薄情ではない。
「私も実家へ行くよ」
「来る必要はない」
「お母さんの仏壇に、もう一度手を合わせたいの。持ち帰りたい物もあるし」
「そんなものはないだろ。帰れ」
「お父さんの許可がなくても勝手に行く」
道夫は不機嫌そうに雅美をにらんだ。しかし言い返す力も残っていないのか、やがて黙って歩き出した。
かつては家族を置き去りにするように先頭を歩き、振り返りもしなかった父。その背中が今は小さく丸まり、強い日差しの下を頼りなく進んでいる。雅美は道夫に合わせて歩調を緩めながら、自分の中に湧いた戸惑いを持て余していた。
