孫の医学部進学を告げる雅美

「お父さんが倒れたら、病院へ連れていくのも、その後の生活を考えるのも私よ。結局また、私に負担を押しつけることになるでしょう」

返す言葉を失い、道夫は黙り込んだ。厳しい言葉で父を傷つけても、雅美の怒りは消えなかった。だが、父が雅美たちのために財産を遺そうとしている事実は願ってもないことだった。医学部以外も考えるとまで言った直樹の表情が脳裏に浮かぶ。雅美は膝の上で手を組み、ためらいながら口を開いた。

「お父さん、話したいことがあるの」

「何だ」

「実は直樹がね、医学部を目指しているの」

雅美が切り出すと、道夫は目を上げた。母が亡くなってから、直樹と道夫が顔を合わせる機会はほとんどなかった。

「医者になるのか」

「ええ、あの子の小さいころからの夢よ。実際、医学部を狙えるだけの実力はあるわ。でも、国公立はかなり厳しくて、現実的に受かりそうなのは私立なの」

「そうか」

「私たちもあの子のために準備はしてきたつもりだったわ。でも、私立の医学部の学費は簡単に出せる額じゃない。直樹は家計を気にして、医学部以外も考えると言い始めてる」

老いた父の金を当てにするのは気が重い。それでも、息子が経済的な理由で進路を狭める姿を黙って見てはいられなかった。

「お父さんが私に財産を残すつもりなら、今、その一部を直樹の学費に使わせてくれないかしら」

道夫は驚いたように雅美を見たが、すぐにうなずいた。

「好きにしろ。どうせお前と直樹に渡すものだ」

「ありがとう。だけど、これで昔のことを全部許すわけじゃない。お母さんや私への仕打ちを、お金でなかったことにするつもりはないから」

「分かってる」

道夫は直樹に会わせろとも、本人から礼を言わせろとも求めなかった。以前とは違う態度に、雅美の肩から少し力が抜けた。