「子どもを塾に通わせるのは、バカがやることだ」

「いまは塾に行ってるんですよ」下村弘和はそう答えて、時計を見た。時刻は7時半だったので、あと30分もしたら迎えにいかなければならない。

「塾ねえ……」

ワインを口に運んでいた永山邦明は、急にそう言って、表情をくもらせ、下を向いて黙り込んでしまった。

――どうしたんだろう。体調でも悪くなったのかな……。

下村弘和は不安に思った。さっきまで朗らかに談笑していた永山邦明だったが、今は眉間に深くしわを寄せ、唇のはじをキリキリ噛んで、何かを我慢しているように見えた。

「あなた、ちょっと……」

永山恵子が、隣から永山邦明の肩をつついた。それでも永山邦明は不機嫌そうに下を向いた動かない。

が、突如として顔を上げると、永山邦明は言った。

「子どもを塾に通わせるのは、バカがやることだ。子どものうちは自由に遊ばせなきゃダメだ。いい大学に行けっていうのは親の欲目に過ぎん!」

みな場違いな発言と感じたらしく、その一言で、座が静まり返った。

その静寂を破って、下村弘和が口を開いた。

「いや、むしろ逆じゃないですか? 今時、子どもの教育は最も重要な投資ですよ。将来のことを考えて、小さいころから勉強やいろいろな体験をさせておくと、生涯年収がまるで違うといいますし」

下村弘和がバカ正直に真っ向から反論した。その時だった。

「その考えがバカだって言ってんだよ。まったく。所詮は低層階の住人、ろくに子育てもできないバカだな!」

永山邦明はそう言い捨てると、急に立ち上がり、肩をいからせ、のしのしと玄関に向かって歩み去る。

「ちょっと、あなた、待って!」置いていかれそうになった永山恵子があわてて追いかけ、その途中で振り返って無理な体勢で頭を下げた。

「どうもすみません……。あの、詳しいことは後日改めて……」

永山邦明と恵子がそう言って玄関から出ていくのを、下村弘和・円佳夫妻は呆気にとられて見ていた。

●高層階のVIP男性は何に怒っていたのでしょうか? 後編:【「低層階の住人は学歴コンプレックスの持ち主!」タワマン高層階在住のVIPがIT系パワーカップルに行った「嫌がらせ行為」】にて詳細をお届けします。

※複数の事例から着想を得たフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。