まとめ
これまでみてきたように、日本の人手不足の実状は、日本全体で働き手が不足する「完全雇用状態」というよりも、業種間・職種間におけるミスマッチの問題として捉えることができます。
また、人手不足倒産についても、生産性の高い産業・企業への労働移動の過程として前向きに評価することが可能です。今後は、流動的な労働市場の構築によって労働力を確保するとともに、企業の新陳代謝の促進や労働移動の円滑化を通じて生産性の向上に力点を置くべき局面にあります。
さらに、現状の人材供給のトレンドが続いた場合、将来の産業構造の転換に伴い、職種間や学歴間のミスマッチが拡大するリスクも指摘されています。この意味で、日本の雇用環境が「人手不足」から「人材不足」へと変質しつつあることを踏まえ、将来の労働需要を見据えたAI・ロボットの活用促進やリスキリングなどによる労働の質の向上、さらに産学連携による地域産業クラスターの整備・拡充といった戦略的な人材確保・育成策を早急に講じる必要があります。
同様に、機械や設備などの資本ストックについても供給不足の状態となりつつあり、労働生産性向上を目的とした省力化投資のさらなる普及に加え、情報化投資を中心とする国内投資にはなお拡大余地が大きいといえます。
こうした日本経済の状況下で注目を集めているのが「高圧経済政策」です。これは、需要が供給能力を上回るインフレギャップを意図的に創出、あるいは維持し、量的拡大ではなく、働く人を「人的資本投資」と位置づけるとともに、設備投資の質的改善や技術進歩を通じて経済成長を促す政策アプローチです。
そして、高市政権が掲げる「責任ある積極財政」は、財政政策の機動性を確保したうえで、この高圧経済政策を積極的に取り入れようとするものです。高圧経済にはリスク要因も指摘されるものの、むしろ日本経済の浮揚に向けた千載一遇の機会として、株式市場も前向きに受け止め始めています。
というのも、高圧経済政策を中核に据えるサナエノミクスが目指すのは、1990年代以降に実現できなかった「生産性の向上を通じた潜在成長率の引き上げ」と「名目GDPの拡大」を伴う好循環の再構築にあるからです。
以上を踏まえると、高圧経済政策は、人手不足下において賃金上昇と投資・生産性向上を結び付け得る有力な選択肢と考えられます。ただし、その成否は、①インフレ期待の制御、②企業収益の投資への転用、③労働移動およびリスキリングの実装、④金融・財政政策の整合的運営、という条件に大きく依存します。したがって、本稿の示す方向性は「自動的に達成される将来像」ではなく、「政策パッケージとその実行能力によって実現可能性が高まるシナリオ」として理解することが適切といえます。
なお、本稿における意見にかかわる部分および有り得るべき誤りは、筆者個人に帰属するものであり、所属する組織のものではないことを申し添えます。
【参考資料】
-日本銀行「需給ギャップと潜在成長率」(2026年4月3日)
-公益財団法人日本生産性本部「生産性とは」
-独立行政法人労働政策研究・研修機構「データブック国際労働比較2025」
-内閣府「2024年度日本経済レポート」(2025年2月)
-内閣府中長期の経済財政に関する試算(2025年8月)のポイント
(執筆:MUFG資産形成研究所 研究員 根本浩之)
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