理解できない若手の論理

山下の席は島の端にあった。染川は出欠リストを持って立ち上がり、「山下、ちょっといいか」と声をかけた。

「はい、課長」

「悪い、ちょっとあっちで話そう」

フロアの端の打ち合わせスペースに移動し、丸いテーブルを挟んで向かい合う。染川は紙をひらりと持ち上げた。

「忘年会の出欠、佐伯からもらった。みんな出席なんだが……お前だけ、×だな」

「はい。参加しないつもりです」

「理由は? なにか外せない用事でもあるのか?」

「いえ。特に予定はありません」

「……ふうん」

染川は、椅子の背にもたれた。こういう話は、なるべく柔らかく入ったほうがいい。

「まあ、プライベートも大事だろうけどさ。もう2年目だろ、お前。たまにはこういう場に顔出して、周りとの関係を築かないと上に行けないぞ」

「そういう考えがあるのは理解しています。ただ、自分は勤務時間外の会社の飲み会には参加しないつもりです」

山下は即答した。表情からは何を考えているのか判断がつかない。

「会社の飲み会全部か」

「はい」

「でもさ、周りとのコミュニケーションも仕事のうちだろ。特に部署の忘年会なんてのは、今年1年を気持ちよく終えるための集大成みたいなもんだ。だから、お前以外みんな出席してるんだぞ。分かってるのか?」

「そこなんです。仕事のうちとおっしゃるなら業務です。業務なら、然るべき対価が支払われるべきじゃないですか」

「対価ってなんだよ」

「残業代です」

「残業代……!? 飲み会でか……?」

「そうです。出席が実質的な義務で、そこで業務や人事に関わる話が出るなら、それは仕事の延長だと思います」

「はは、ちょっと……すごいな、お前。本気で言ってんのかよ」

面食らいながらも、染川はなんとか平静を保とうとした。

「最近の若い奴は、ドライっていうか、線引きがしっかりしてるよな。おっさんには、理解できんわ」

染川が自虐的に笑いながら頭を掻いている間も、山下はにこりともせず座っている。

「いや。そんなに嫌なら、無理に出ろとは言わん。今回はいいよ。欠席で」

これで角は立たんだろ、と考えながら、リストを軽く押さえる。

「時間取って悪かったな。戻っていいぞ」

「はい……」

山下が軽く頭を下げる。2人で連れ立ってフロアに戻ると、キーボードの音が何事もなかったように続いていた。