12月の朝、染川はモニターのカレンダーを開き、隅に薄く表示された「仕事納め」の文字を見て、小さく息を吐いた。
「……そろそろだな」
独り言を飲み込んでから、近くの席に向かって「佐伯」と声をかける。まだ年若い部下が椅子をくるりと回して素早く立ち上がった。
「今年の忘年会、そろそろ段取りしとくか。いつもの駅前の店でいいよな。人数も例年と変わらんだろ」
「じゃあ店に仮押さえ入れて、日程と予算、詰めておきます」
「助かる。出欠は全員分ちゃんと取ってな。声かけ漏れないように」
「了解です」
佐伯が自席に戻り、キーボードを叩き始める。染川は画面から目を離した。
出席表に浮かぶ異変
「課長、よろしいでしょうか」
正午を回った頃、佐伯が1枚の紙を持ってきた。所属メンバーの横に○や×が付いた出欠表だ。上から順に目で追っていき、途中で視線が止まる。
「……山下、欠席か」
「はい。『無理です』って断られました」
「無理、ねえ」
低めの声が出て、自分で気付いて咳払いをひとつ挟む。
「あいつ、いつも飲み会来ないよな? 去年の忘年会はどうだったか覚えてるか?」
「そういえば、顔見なかったような……」
○が並ぶ中で、×はそこだけぽつんと浮いて見えた。
「まあ、予定があるなら無理はさせんけどな。普通休むかね」
つぶやくと、佐伯が苦笑した。
「最近の子、プライベート優先な感じありますからね」
それでも、忘年会ぐらいは、と思う自分がいる。
「山下、手空いてそうか?」
「さっき資料出し終わったって言ってましたから、大丈夫じゃないですかね」
「そうか。じゃあ、後でちょっと話しに行くよ。予定の中身くらい、聞いてみてもいいだろ」
佐伯が去ると、キーボードの音がフロアを満たした。染川はリストを広げ、山下の名前の横の小さな×を指先で叩く。
入社してもう30年になる染川にとって、飲み会を断るという選択肢は考えられない。特に20代の頃は、連日上司に付き合って飲むのが常だった。理不尽な思いをした夜もあった一方で、上司に連れられていった飲み会で本社の課長に目をかけられたこともあり、ああいう席がきっかけで今の自分があるのも確かだった。
時代が違う、と言ってしまえばそれまでだ。今の若い連中に昔話を押しつけるつもりはない。ない、はずなのだが。
「……まあ、話してみないことには分からんか」
紙をクリップで留めて机の端に置く。声をかけるタイミングを測りながら、染川はゆっくりと息を吐いた。
