知らなかった娘の成長

「実は少し前に真莉愛ちゃんが『お手紙を渡したい』と言って書いてたんですよ。書いたその日に渡す予定だったんですけど、『渡せなかった』って言ってたので、お迎えの時に渡そうねって話してたんですよ」

「そうだったんですか……」

綾香は保育士に対して、字が書けるようになったことを知らなかったとは口に出せなかった。親としてそんなことも知らないというのが恥だと分かっていたからだ。

保育士の話を聞く限り、きっと真莉愛は朝の段階で渡そうとしていたのだろう。それを自分が無下にしてしまったことに対して心が痛んだ。

「ぜひ読んであげてください」

綾香は再び、手紙に視線を落とす。そこにはひらがなで「おしごとおつかれさま、いつもありがとう」と書かれてあった。その瞬間に涙がこぼれ落ちた。

綾香は真莉愛に目を向けた。

「……ありがとうね」

そう言って綾香は真莉愛を強く抱きしめた。

「ママも、いつもありがと」

真莉愛は綾香の耳元で感謝を告げてくれる。

だが感謝をするのはこちらのほうだった。どれだけ仕事が辛くて耐えきれない状況でも真莉愛がいてくれたから頑張ることができたのだ。自分がこうしていられるのは真莉愛がいたからだ。

しばらく真莉愛を抱きしめて落ち着いてから綾香は保育士に頭を下げる。

「すいません、閉園間近なのに……」

「いえいえ、全然気にしないでください」

「でもどうして急にこんな手紙なんて……」

綾香が疑問を口にすると保育士は嬉しそうに頬を緩める。

「勤労感謝の日ってあったじゃないですか。その話をみんなにしたら真莉愛ちゃんがお手紙を書きたいって言ったんですよ」

説明を聞いて綾香は納得した。祝日があったのは覚えていたがそれが勤労感謝の日だったことに綾香は気付いてなかった。プレゼン前だったので出社をしていて、真莉愛を別の保育園に一時保育で預けていた。

綾香は保育士に深々と頭を下げ、もらった手紙を大事にバッグに入れて真莉愛としっかり手をつなぎ、保育園を後にした。