<前編のあらすじ>

都内に住む田中義一さん(仮名・享年80歳)が亡くなった。長男の太郎さん、次男の次郎さん、長女の美咲さんの三兄弟は遺品整理を進めていた。

そんな中、義一さんの書斎で遺言書と思われる封筒が2つ見つかる。1つは2010年の日付、もう1つは2020年の日付だ。古い方には「全財産を長男の太郎に相続させる」、新しい方には「自宅を長女の美咲に、預金を次男の次郎に相続させる」と記されていた。

兄弟間でどちらの遺言書を信じるべきか意見の相違が起こり、まともな話し合いができず数カ月が経過。決定的な亀裂が生じてしまった。

●前編:【「こんな遺言書はおかしい!」亡き父親の遺品整理で見つかった2通の遺言書…兄弟が翻弄された「驚きの内容」】

2つの遺言書はどちらが優先されるのか?

「どうすればいいんだ……」と悩む中、3人は専門家たる私を頼ってきた。私は遺言書については2通とも、義一さんからの依頼で作成をサポートしている。遺言の有効性や法律については専門家の意見が必要だと判断したようだ。

私は状況を確認し、次のように説明を始めた。

「まず、今回作成した遺言書は自筆証書遺言といわれるものです。詳細は割愛しますが、要は手書きの遺言書です」

そう前置きをしたうえで続ける。

「自筆証書遺言の場合、一般的には後から作成された遺言書が有効とされます」と、結論を述べる。「はい」とうなずき続く説明を待つ美咲さんを見て私はさらに続ける。

「その理由は、自筆証書遺言は作成後いつでも撤回や変更が可能だからです」

つまりは新しい遺言書が古い遺言書の内容を撤回したものとみなされるわけだ。

「今回の状況に即して考えれば2020年の日付の遺言書が、2010年の遺言書を撤回する意思を示している可能性が高いです。遺言書の内容が矛盾していれば、最新のものが優先されることになるでしょう」

この説明により、次郎さんと美咲さんは少し安心した様子を見せた。しかし、太郎さんは納得できない。

「父は俺にすべてを任せると言っていた。それなのに……どうしてそんな簡単に撤回できるんだ?」

私はさらに説明を続けた。

「太郎さんの気持ちはよく分かります。ただ、法律的には遺言者の意思が最優先されます。そしてその意思を示す最新の遺言書がある以上、基本は最新の遺言書の内容に従うのが原則です」

太郎さんが何か言いたげだったが私はなおも続ける。

「そもそも、遺言が口頭と書面とがある場合は時期に関係なく書面の方が優先されます」

太郎さんは「そうですか……」とだけつぶやく。自分の意見が完全に間違っていたことを悟り、それ以降は何も言わなくなった。