<前編のあらすじ>

職場の既婚者たちが結婚や子育てに励む姿を見て、ふいにうらやましくなってしまった正志(38歳)は、手軽に登録できるマッチングアプリで婚活を始めた。

外資系企業に勤め、平均よりは高い年収がありながら、これといって趣味もなくお金の使い道がなかった正志は、モテるためにまずは身だしなみからと、高級サロンに足を運び、スーツや時計、車など高級なアイテムを買いそろえていく。

しかし寄ってくる女性は、年収を聞いてきたりと、ときに露骨に金目当てな女性ばかりだった。正志は婚活をすればするほどすり減り、ついには婚活を辞めてしまった。

●前編:「年収もすごいんじゃないんですか?」結婚を焦るアラフォー男性が初めての婚活で直面した「残念な現実」

偶然再会した同級生はバツイチだった

マッチングアプリを辞めてから数か月。

正志は婚活のことを忘れたふりをしながら、再び仕事に没頭する日々を送っていた。夢中で買い集めた装備品たちは、今やクローゼットや車庫の中に死蔵され、出会いのための高級志向はすっかり鳴りを潜めていた。

そんなある土曜日の昼下がり、たまたま立ち寄ったチェーン店のカフェで、正志は声をかけられた。  

「あれ? 正志、だよね?」  

顔を上げると、目の前には懐かしい笑顔があった。高校時代の同級生、大原雅子だ。会うのは十年近く前の同窓会以来だったが、見た目は変わっていなかった。

柔らかなベージュのセーターにデニムを合わせた、飾り気のない服装。それでも、どこか堂々としていて目を引くものがある。

「おお、久しぶり」  

思わず声を上げると、雅子は椅子を引いて正志の向かいに腰を下ろした。

「本当に久しぶり。偶然だね、こんなところで会うなんて」

驚きと喜びが混じった表情で言う雅子に、正志も自然とほほ笑みがこぼれた。

「意外と分かるもんだよな。見た瞬間、あれ、大原だって思ったよ。あぁ、今は大原じゃないんだっけ」

「あー……実は去年旦那と別れてさ……。だから名字は大原だよ。子供がいるわけでもないから、今は1人でのんびりやってる」

「そうだったのか、ごめん」

さらりと言う雅子の言葉に、正志は思わず目を見開いた。

随分前に彼女が結婚したという話は聞いていたが、まさか離婚していたとは。

「険悪な感じで別れたわけじゃないし、全然気にしないで。まあ、でも、結婚生活って難しいなって実感したよね」

「そうか……大変だったんだな」

正志はそれ以上の気の利いた言葉を返すことができなかった。

高校時代、明るく面倒見の良い雅子は常に周囲の人気者だった。そんな彼女が結婚に失敗したという事実が、正志には妙に現実味を欠いて感じられた。

「正志はどうなの? 結婚とか、してないんだっけ?」

雅子の言葉に、正志は乾いた笑いを浮かべた。 

この年になれば、まず聞かれて当然の内容だろう。普段ならおっくうに思えただろうが、このときの正志は不思議と素直に胸の内を吐露していた。

「してないよ。まあ、婚活はしてたけど、全然ダメだったな」

「婚活?」  

少し首をかしげながら聞き返す雅子。高校生の頃と変わらないそのしぐさが懐かしくて、思わず口元が緩んだ。

「そう。マッチングアプリでね。自分なりに頑張ってみたんだけど、結局うまくいかなかった。なんというか……相手が自分を見てくれてる気がしなくてさ」

「そういうの、ちょっとわかるかも。離婚して思ったんだけどさ、結局、どんなに条件が良くても、一緒にいてホッとできる相手じゃないと続かないんだよね」  

正志はその言葉を聞き、少しだけ肩の力が抜けた気がした。  

「でもさ、婚活のために自分を変えようとしたのは偉いよ。具体的にどんなことしたの?」  

雅子が問いかけると、正志は少し照れながらも正直に答えた。旧友相手に取り繕っても仕方がないと感じたからだ。

「髪型を変えたり、高いスーツを買ったり、あと車も奮発したり……モテるためにいろいろやったけど、今思えば全部無駄だったな」

「え、ちょっと待って。正志がそんなことしたの? 似合わなすぎる」  

ストレートなせりふとともに吹き出した雅子につられて、思わず正志も笑った。写真を見せてとせがまれて見せれば、雅子の爆笑は止まらなくなる。

「笑いすぎだから。マッチングアプリって写真で判断されるわけだろ? だから気をつけないといけないと思ってさ」  

「でも、全然らしくない。あっ、私が服を選んであげようか?」  

雅子の意外な提案に、正志は少し戸惑った。

「今度一緒に買い物に行こうよ。私、実は結構そういうの得意なんだよね。はやりに乗ってカラーリストの資格とか取っちゃったし。ちゃんと自分に似合うものを選んで着れば、それなりに見栄えすると思うんだよ」

「へぇ、すごいな。じゃあプロの力を借りようかな」

「任せて任せて」

予定を決めようとスマホを取り出した雅子を眺めながら、正志は高校生のときに戻ったようなわくわくした気持ちを、年がいもなく感じていた。