法律を曲げるには遺言書しかない

結局のところ愛子さんは法律通り、相続財産の4分の1となるよう、8分の1ずつ義兄と義妹に遺産を分配した。両名とも単純に「お金が欲しい」とのことだったので遺産分割の手続き自体はすんなり進んだ。

念のため義兄と義妹に話を聞いてみると口をそろえて「権利なんだから当たり前じゃない」と回答。孝明さんが生前に言っていたことと違うのでは? と問うてみても、「自身の老後が……」など漠然とした理由を話すばかりだったという。

愛子さんが孝明さんの遺産をすべて相続するためにはどうするべきだっただろうか。方法としては孝明さんがその旨の遺言書を作っておく他ない。言い換えれば遺言書さえあれば愛子さんは遺産をすべて守りきれたのだ。

当面の生活費も、老後の生活費も不安なく守れたし、何なら好意的な目で見ていた義兄と義妹との良好な関係も守ることができた。遺言書を作成しなかったばかりに財産も人間関係も失ってしまったわけだ。

余談になるが義兄は県庁職員だ。義妹は夫がそこそこの規模の地主だ。2人ともお金に困るような状況とは程遠い。しかし、それでもなお金が入ってくるとなれば欲しくなるのが人間なのだ。

兄弟姉妹の遺留分は遺言書で封じられる

法律に少し詳しい人なら遺留分の存在について知っているだろう。遺留分とは最低限の相続分だ。例えば兄弟3人という相続において遺言書の中に特定の相続人だけに相続させたり、逆に特定の相続人を廃除するような記載があったりしても最低限の相続分は確保されるというものだ。

遺留分は原則遺言書であっても廃除できない。だが、兄弟姉妹の場合は別だ。遺留分が与えられているのは子や親などであり、兄弟姉妹には認められていない。

つまり、配偶者と亡くなった方の兄弟姉妹が相続人である場合は遺言書1枚ですべての相続財産を配偶者に残せるわけだ。逆にそうしなければ配偶者のためにすべての財産を残せないと考えていい。

確かに遺産分割においての話し合いで亡くなった人の兄弟姉妹が遺産を不要だといえば配偶者がすべての遺産を相続することもできるのだが、それは現実的ではない。

事実、愛子さんの義兄と義妹も恵まれた状況であり、当初は遺産をもらうつもりはない考えを示していたが、いざ遺産が手に入る状態になるとそれを翻した。

それほどまでに遺産の存在というのは魅力的であり、人の言うこと、口約束はアテにならないというわけだ。