頑張ってこられたのは、母との良好な関係があってこそ
面倒見てくれなんて頼んでない――と言われたものの、はいそうですかと放っておくわけにもいかず、沙織は達子のもとへと通い続けていた。
家から出て行く話をしたのがよほど気に入らなかったのか、達子は不機嫌な態度を取るようになった。とくに掃除についての警戒心は強く、家のなかを勝手に整理されるのではないかと、沙織がまとめたゴミ袋をたびたび確認した。いくら娘だからといって家のなかにあるものを勝手に捨てたりはしない。ゴミ袋に入っているのは一般的な家庭ゴミだけだと何度も説明したが、達子は一向に理解しようとはしなかった。
体力はもちろん、沙織の気力もすり減っていった。生まれてから就職するまで住み続け、父が死んでからは母に寂しい思いをさせないようにとたびたび顔を出すようになっていた実家は、息苦しいだけの場所になりつつあった。これまでハードな通い介護を頑張ってこられたのは、母との良好な関係があってこそだったのだと痛感した。面と向かって頼んでいないと言われてしまった。感謝のひとつもされない介護はただの苦行でしかなかった。
それでも沙織は娘としての義務感に突き動かされるようにして、実家へ向かうために定時でパートを切り上げる。
「大丈夫? ここのところ、だいぶ疲れてそうじゃない」
ロッカールームで着替えていると、いつものように宮下に声をかけられる。沙織は笑顔をつくって宮下を見るが、あまりうまく笑えている自信がなかった。
「うん。ちょっとね。でも大丈夫」
「そうは見えないけど。お節介かもしれないけどさ、抱え込んじゃだめよ。あたしでよければ話くらい聞けるから。なんでも言ってよ」
「ありがとう。でも本当に大丈夫」
「そう」
宮下の気遣いに感謝をしながら、沙織はロッカールームを後にする。相談なんてできるはずがない。介護は確かに重労働だ。しかし大変さや苦しさを理由に弱音を吐くなんて、まるで親をないがしろにしているみたいで恥ずかしかった。
沙織は胸のうちで渦を巻く感情を置いてけぼりにするように、力任せにペダルを踏む。まるで後ろから何かにすがりつかれているように、からだは重く、鈍かった。