前畑優子(31歳)は、自分の理想をあきらめたくないと思っていた。妊娠・出産のことを考えると、残された時間は長くはないという切迫感もある。

正月に実家に戻った時には、母親の妹である良美叔母さんから見合い写真を見せられた。叔母は冗談めかして「両親が元気なうちに孫を抱かせてあげて」と言っていたが、その時にたまたま目が合った父親の顔が、思った以上に真剣なまなざしだったことに動揺した。

東京に戻ってきてマッチングアプリに登録したのは、「待っていても良縁は決して向こうからやってはこない」という叔母の言葉に何か感じるところがあったためだ。自ら一歩踏み出したせいか、思いがけない出会いがあった。それは……。

惰性で登録していた婚活アプリで出会い

落合直樹(35歳)は、結婚できれば誰でもいいと考えていた。学生の頃から、20歳代までは比較的モテた。交際相手がいなくて困るというようなことは気にしたこともなかった。中には真剣に結婚を考えた相手もいたが、相手のほうが20代の前半で、「まだ結婚は考えられない」と拒まれた。

30歳代になってからは、付き合うこと自体が結婚を前提にしているかのようなプレッシャーがあり、気持ちが弾むような付き合いに発展しなかった。婚活アプリに登録したのは、いわば惰性であり、結婚はあきらめてはいないと自分に言い聞かせる手段のようなものと考えていた。そのアプリが開催したオフ会イベントで直樹は優子に出会った。

優子の希望するプロフィールに直樹はぴったりだった。何より、優子は直樹の顔が好きだった。年上なのに笑った顔が、どこか幼く感じられ、そこに守ってあげたくなるようなピュアな少年の影を感じた。

直樹の働いている会社は優子も知っている大手企業だったし、すでに課長職を得ていることも頼もしく感じられた。この機会を逃してはいけないと決意した優子は、積極的に話しかけ、連絡先を交換した。優子にしてみれば、一生に一度といえるくらいの勇気を振り絞って直樹に話しかけたのだった。