老親の資産
まず南田さんは父親を、あらかじめ目星をつけていた施設の見学に連れて行った。持っていたイメージとずいぶん違ったようで、父親は入所を前向きに考えてくれるようになった。
次に、今後の資金繰りや遺産相続の話し合いを始めるために、「今の資産状況を教えてほしい」と切り出す。
すると父親は、「まとめてあるよ」と言って分厚い冊子を出した。
父親直筆の難読な冊子を読み解くと、どうやら自宅と両親が所有している小さなマンション、株券、定期預金などの資産がまとめられていることがわかった。
それを基に南田さんは、司法書士兼行政書士の無料相談を受けた。高齢の両親、認知症が進む88歳の母親のことを話し、施設に入る前やお別れの時に備えておくべきことを聞くと、こう言われた。
「ご両親の年齢でしたら、とにかく現金を作ることが大事です」
・定期預金→すぐ解約
・株→現金化
・売っても数百万ぐらいの小さなマンション→すぐに売りに出す
「90歳手前ではいつ何が起きるかわかりません。金融資産は本人の立ち会いがないと解約できないものが多いので、元気なうちに現金化しておくべきです」と司法書士兼行政書士は言う。
この後、南田さんは小さなマンションをすぐに売り出したが、1年以上経った今もまだ売れていない。
「確かに、90歳近くになれば運用や貯金より現金ですよね。相談して本当に良かったと思いました」
不動産、株、定期預金などがどんなにあっても、基本、本人がいなければ現金化できず、使うことができない。認知症などの病気で、言葉で意思を示すことやサイン(署名)ができなくなった場合も同様なため、注意が必要だ。
公正証書遺言で得られる安心
父親は、「遺言書なら用意してあるよ」と言っていたが、実際に見せてもらうと、A4の紙に「全ての財産を妻に譲る」と書いてあるだけだった。
遺言書には決められた書式があり、それを外れたものは無効になる。父親が書いたものは無効なものだった。
「資産状況の冊子にしろ、この遺言にしろ、父なりに先のことを考えて頑張ってくれていました。ただ、万が一母より父の方が先に亡くなったら、両親の財産の半分は認知症の母のものになってしまいます。正しい遺言書を作ってもらわないとマズイと思いました」
南田さんはすぐに試算に取り組んだ。
有料老人ホームの月々の支払いは、1人当たり30万ぐらいとし、1年で360万円。両親2人なので720万円。100歳まで生きると考えて、7200万円。
「これが現実の数字とわかると、有料老人ホームって結構かかるなと思いました」
両親には、取り急ぎ母親だけを入所させる現金はあった。しかし長続きはしない。両親にとっての一番大きな資産は家だ。
「私は親からの相続金を楽しみに待っているタイプではないし、亡くなった兄も同じです。だから実家は売却し、施設での生活のために両親で使うべきだと思いました。現時点では、父はまだ自宅ライフを楽しんでいるので、父が施設に入るタイミングで売却するという結論に至りました」
父親は大賛成してくれた。
続いて遺言だ。
兄が健在ならば、片親が亡くなった場合、法定相続分は、もう一方の親が50%、兄25%、南田さん25%。しかし兄が亡くなっているため、兄の分は兄の一人娘のものになる。父親が母親より先に亡くなった場合は、父親の遺産の半分が認知症の母親のものになる。
「今後莫大な医療費がかかるかもしれない。施設に10年以上お世話になるかもしれない。どれだけかかるかわからないからこそお金が必要です。財産の全てを母に残そうと考えるなら、父はキチンと使い道を記した遺言書を残すべきだと思いました」
南田さんは父親に公正証書遺言の作成を勧めた。
以前相談した司法書士兼行政書士に相談し、父親と共に作成。公証役場に提出した。
「文面としては、『全ての財産を高齢者施設の費用に充てたい』兄の妻と娘とは、兄の死後、全く連絡が返ってこないので、『孫である兄の娘は遺留分請求をしないで欲しい』『遺言執行者は娘である私』…としました」
遺留分とは、たとえ遺言書で渡さないと書かれている相続人でも、法律で最低限保障されている遺産取得分があり、希望すればもらえるもの。
執行者とは、遺言の内容を実現するために必要な手続きをする人のこと。執行者の記載をしておけば、各金融機関での預金解約手続きなどを執行者1人で行うことができるようになる。
「公正証書遺言を作ったので、これで父は、万が一自分が先に死んだ場合でも、妻(母)の施設や医療費の支払いの心配がなくなりました。私自身も、両親の施設などの支払いの不安がなくなり、遺産分割協議の必要もなくなって、とても気が楽になりました」
やがて父親が「入ってもいい」と思える施設が見つかり、申し込むと、すぐに母親は入所することができた。