<前編のあらすじ>

理香子(38歳)の悩みは、来春で小学生になる娘・小百合の言葉の発達がまわりの子と比べて明らかに遅いことだった。

夫の孝に相談するも、興味がないのか危機感がないのか、大丈夫だろうの一点張りでまじめに取り合おうともしない。夫はゴミ袋をゴミ捨場に「出すだけ」で自分は家事をしていると思うような、家事にも育児にも不十分なところがあった。

ある日、小百合が保育園で描いた絵を見せてきた。保育園の行事で行った動物園の様子が描かれていたが、空は緑色、ライオンのひげは青色など、異様な色使いだった。理香子は間違えていると諭すが、強情な小百合は言うことを聞かない。いら立った理香子はとうとう大きな声で怒鳴りつけて小百合を泣かせてしまった。

●前編:ゴミ袋を「出すだけ」で家事をしたと思っている夫…モヤモヤを抱える妻を打ちのめす「娘の異様な行動」

色使いが変でしょ?

「おっ、これは小百合が描いたのか?」

「……うん」

久しぶりに残業がなく、早めに帰ってきた孝が小百合の描いた絵を見つけて手に取る。理香子に怒鳴られたこともあって、小百合は声を落としてうなずく。

「へぇ、よく描けてるじゃないか。これは動物園の絵か。うんうん、想像力があって、いい絵だな」

無責任に褒める孝を理香子はにらむ。しかし孝は理香子の視線に気付かず、小百合を見て笑っている。小百合も褒められて気をよくしたのか、動物園での思い出を話し出した。

「そうか、小百合は動物が好きなんだな」

「うん」

「何が1番好きなんだ?」

「ん~、パンダ!」

元気に答える小百合を見て、孝は目尻を落とす

「おお、パンダな。確かにかわいいよな~」

「ほしい! 誕生日、パンダほしい!」

「え、パンダが?」

目を丸くした孝は笑いながらスマホを操作する。

「いやぁ、パンダはだめだなぁ。飼育費は1カ月で648万だって。餌代だけで30万とか掛かるって。お父さんのお給料吹っ飛んじゃうよ」

「えー」

唇をとがらせている小百合の頭をなでながら、孝は楽しそうにほほ笑んでいる。

「今度パンダのぬいぐるみを買ってやるからな。それで勘弁してくれ」

「うん、いいよ!」

のんきな2人の会話を聞きながら、理香子は深くため息を吐いた。

「ねえ、その絵のことなんだけど?」

割り込んだ理香子のけんのんな声色に、孝はけげんそうに顔を上げる。

「え? この絵が何? 俺、なんかマズいコトした?」

「これさ、色使いが変でしょ? それ分かってるよね?」

「……うーん、まあ、たしかに特徴的ではあるね」

理香子は分かりやすくため息をつく。

「こんな色のゾウもいないし、空だって普通は青じゃん。そういうのはちゃんと注意しないと、小百合はこれで間違ってないんだって思っちゃうでしょ?」

孝は手のひらを見せて理香子の意見を止める。

「普通はそうなのに、緑を使ったり、茶色を使ったりするのが個性だろ。小百合にはそう見えてるんだから、これはこれでいいんじゃないかな」

「でも、こんな変な絵を描いたら、学校でいじめられたりとか」

「考えすぎだよ。周りの子たちだって、いろいろな絵を描いたりしている。うまい子もいれば、特徴的な子だっている。そういう環境で育っていくんだから。俺たちは小百合たちが伸び伸びやってるのを見守ってればいいんだよ。もちろん、危険な事とか誰かを傷つけるようなことをしたら、しからないといけないよ。でも、この絵はそんなことしなくていい。好きなように描かせてあげたらいいと思うけど」

理香子はもう一度ため息を吐く。孝は相変わらず無責任だった。個性と言えば聞こえはいいが、それは単に周りになじめていない“変な子”でしかない。小百合が妙なレッテルを貼られてしまう前に、何とかしてやるのが親心というものなはずだ。

「孝は何にも分かってないのよ」

吐き捨てた言葉は、首をかしげている孝には絶対に届いていないと思った。