<前編のあらすじ>
みやび(34歳)は、大学時代の友人に誘われ海水浴にきたが、すでに友人たちは結婚や出産を経験済みで、子連れの海水浴であることに違和感をもっていた。
波打ち際ではしゃぐ子供たちを眺めながら、パラソルの下で友人と話す。悪気がないのは分かっているが、子育てや結婚の話題を出されるとみやびはうまく返すことができない。みやびが結婚や出産をしたいと思えないのは、身を粉にしながら女手一つでみやびを育てた母の苦労を間近で見ていたからだった。母とは家を出るときに親子げんかをして以来、ほどんど会っていなかった。
気持ちを切り替えようと、海へ入り子供らとともにはしゃいでいると、足に経験したことのない激痛が走った。
●前編:「結婚や出産をしたいと思えない」母親になった友人たちに違和感…30代独女が海辺で襲われた「まさかの展開」
アナフィラキシーで意識不明に
香里の悲鳴で、ビーチ中の衆目がみやびたちに集まった。
みやびの色白の太ももを、赤いみみず腫れが無数に走っていた。まるで皮膚の内側で何本もの触手がのたうち回ったかのようなグロテスクさに、香里が悲鳴を上げるのも無理はなかった。
悲鳴を聞きつけて駆けつけたライフセーバーは迅速にみやびの処置を開始する。まずはクラゲに刺された部分を海水で洗い流し、毒を中和するために酢をかけた。みやびが刺されたらしいアンドンクラゲのような毒性の強いクラゲに刺された患部は、食用酢で洗うのが有効らしかった。
きれいに洗った幹部には氷を当てて痛みを和らげる。最後には抗ヒスタミン軟こうを塗布してくれた。救護マニュアル通りの完璧な対応で、みやびはされるがままに処置されながら、何でも準備されているんだなと見当違いのことを思った。
ビーチ全体にはライフセーバーたちからアナウンスがされており、次の被害を防ぐために海水浴客はみんな海から上げられている。
「よかったぁ、どうなっちゃうかと思った」
「ね、クラゲに刺されると、こんなひどい傷になるんだね」
一息吐いた香里と茜が話している。子供たちも心配そうにみやびを見ていたから、みやびは空元気でほほ笑んでおく。
「みんなごめんね。せっかく楽しい気分で遊んでた、のに」
言いながらみやびは胸が詰まるのを感じた。あっという間に息ができなくなり、全身にじんましんが広がり始める。
「みやび! みやび! しっかりして!」
2人の叫び声が遠くで聞こえた気がしたが、みやびに返答する余裕も気力もなかった。
みやびの意識は、スマホの電源を落とすにみたいに、ふつりと途切れた。
始め、その緊張感は次第に店全体へと広がっていった。