市田洋介(43歳)は、SNSを眺めていて出会った「弱者男性」という言葉が、今の自分を全くよく表していると思った。非正規社員で収入が少なく、一人暮らしで彼女もいない。おそらくこのまま、独身として一生を終わるだろうという予感がしていた。自分に自信を持てるようなところはひとつもなく、社会の邪魔にならないように、ひっそりと暮らしていければよいとばかり思っていた。「弱者男性」という言葉を知って、自分のような男性が他にもたくさんいることが分かってほっとしたところがあった。
非正規で40代、親も結婚をあきらめた独身男性
市田は、都内の私立大学を卒業したが、就職活動がうまく進まず、結果的に派遣会社に登録して都内の会社を転々として暮らしてきた。もはや、正社員として雇用されることよりも、決められた時間だけ決められた業務をこなしていればよい非正規での就業が自分には合っていると思うようになっていた。手取りの収入が20万円前後という状態では、現在暮らしているワンルームマンションを借りているのが精一杯であり、40代も半ばを迎えて結婚することも考えてはいなかった。
30代の間は、「いつ結婚するんだ」と、ことあるごとに言ってきた両親も、市田が40代に入ったら、「結婚」という言葉を言わなくなった。妹の清美(38歳)に2人目の子供が生まれたので、孫を抱く楽しみは十分にかなえられていた。市田は、このまま都会の片隅でひっそりと暮らしていけたらよいと思っていた。
40代の一人暮らしなどというと、不摂生な生活をしているように考えられるかもしれないが、市田は自分で料理もすれば、きれい好きで、いつも部屋は整っていた。週2回の洗濯の日は、部屋干しにするため部屋中が洗濯物に埋まってしまうのが市田も閉口してしまうのだが、乾燥機を使った洗濯物の仕上がりがどうにも気に入らないので、工夫してもっとも洗濯物が乾きやすい干し方を見つけ出していたほどだ。料理の腕前もちょっとしたもので、妹の清美と比べても決して引けを取らないと思っていた。