女だからなめられているのか

「……そう言われましても、真奈さんが自分で言ったんですよ。『少しなら食べられる』ってね」

「あの子は、『よく火を通した黄身であれば、少しは食べられる』と言ったんです。昨日の給食で出たスープは、溶き卵を火にかけたものでしょう⁉ 全然違うじゃないですか!」

修子は声を荒らげて反論しながら、高嶋のアレルギーへの理解の浅さに絶望した。たしかに生や半熟の場合にだけアレルギーが出る人もいるが、真奈の場合は火を通しても卵は食べられない。真奈が「少し食べられる」と言ったのは、オボムコイドの含まれない卵の黄身の話で、卵全般のことではない。それを雑に解釈して卵入りの給食を食べるよう強要した高嶋はやはり重罪だ。

修子は、のらりくらりと責任逃れする高嶋と教頭をにらみながら話を続けた。

「そもそも担任である高嶋先生は、真奈に卵アレルギーがあることを当然ご存知のはずですよね⁉ それなのに、卵が使用されたスープを飲ませるなんて……これは立派な虐待ですよ!」

修子が口にした「虐待」というキーワードに、ようやく教頭が反応らしい反応を示した。

「お母さん、どうか落ち着いてください。うちの学校には、子供たちを虐待するような教師はおりません。高嶋先生もスープを口にするよう強要した事実はないと言っています」

「それじゃあ、うちの子がうそをついてるって言うんですか? 真奈は、先生から『好き嫌いするな』『昼休みなしだ』とまで言われてスープを飲んだと言っているんですよ?」

修子が怒りに震えながら抗議すると、教頭は困ったように頭をかきながら言った。

「そういうわけではありませんが、なにせ子供の言うことですからねぇ」

まるで真奈が病院に運ばれたのは、自業自得とでも言いたげな態度だ。学校側の不誠実な対応に、修子の我慢は限界に達した。怒りに震えながら勢いよく椅子から立ち上がったが、なかなか言葉が出てこない。

高嶋と教頭は、そんな修子を迷惑そうな顔で見上げていた。修子は悔しさと惨めさで思わず泣きそうになった。自分が女だからなめられているのだろうか。

こんなとき、大吾がいてくれたら――修子が唇をかみしめながらそう思ったとき、教室のドアがガラリと開いた。

「失礼します」

低く声をかけながら入室してきたのは、他でもない夫の大吾だった。普段の仕事では着ることのないスーツに身を包んでいるところを見ると、1度家に帰って着替えてきたらしい。太っていてがたいのいい大吾は、黒いスーツが様になっていた。

迫力満点の大吾の登場に、高嶋と教頭の態度があからさまに変わるのが分かった。修子は、その様子に半ばあきれながらも、学校側との話し合いを大吾に任せて、成り行きを見守ることにした。高嶋と教頭の説明は修子が聞いたのと同じようなものだったが、大吾は当然そんなものを許さない。

「先生、もしも素人の俺が適当にフグをさばいて料理を作ったら食べるか?」

「いやぁ、そうですね……お父さん、それは勘弁してくださいよ。フグは猛毒ですからね。正しく調理せず人に振る舞うなんて殺人と同じになっちゃいますよ」

けげんそうに答えた高嶋に向かって、大吾は表情を変えずに続けた。

「あんたは、それと同じことを真奈にしたんだ」

「えぇ……」

大吾が放った予想外のセリフに高嶋は固まった。

「アレルギーは、好き嫌いじゃない。無理をして食べると、今回の真奈のようにじんましんや呼吸困難が起こって、最悪の場合は死ぬこともある。アレルギーがあることを知りながら、該当の食材を相手に食べさせんのは毒を盛るのと一緒なんだ。つまり、先生、あんたはうちの娘を殺そうとしたってわけだ」

「あ、あぁ……」

高嶋は大吾が言った言葉の意味を理解して、みるみるうちに青ざめていった。

「自分が何をしたのか、理解できたか?」

静かにすごむ大吾に、高嶋は完全におじけづいていた。教頭がフォローしようと腰を浮かせて割り込もうとしたが、大吾の低くうなる声がそれを遮る。

「俺の娘に何をしたのか、自分の口で言ってみろ」

「わ、私が真奈さんに卵入りのスープを食べるよう指示しました。少量なら問題ないと思い、指導のつもりで……申し訳ありません」

高嶋は項垂(うなだ)れた。修子は大吾と目を合わせ、心のなかで拳を握った。