2週間の絶対安静
事態が変わったのはそれから1カ月後の6月末――夏の地区大会を目前に控えたときだった。実戦形式のシートノック中、レフト方向に浅い外野フライが上がり、ショートを守る俊太郎は後退。前進してきていたレフトと接触してしまったのだ。
チームメイトや監督が駆け寄る。毅はダイヤモンドのなかにまでは入らなかったが、フェアラインぎりぎりまで入ってきて毅の様子をうかがった。周囲の様子から、状況があまりよくないことは想像できた。三塁側のフェンスの外から見ていた毅にも鈍い激突音がはっきりと聞こえていたほどの強い衝突だった。
ようやく人だかりのなかから肩を貸されて立ち上がった俊太郎の姿が見えた。俊太郎の左頰は砂まみれで、表情は苦しそうにゆがんでいた。
「――俊太郎!」
ようやく、毅は叫ぶことができた。俊太郎が顔を上げ、そして目をそらす。
俊太郎は監督の車に乗って病院へと連れていかれ、毅もそれに乗り込ませてもらった。病院までは15分程度の道のりだったが、永遠にも等しいほど長い時間に感じられた。毅は黙って窓の外を見ている俊太郎に言葉をかけることができなかった。
俊太郎のけがは肩の打撲だった。日常生活に支障が出るようなけがではなかったが、利き腕の右肩であることもあり、医者からは2週間の絶対安静を言い渡された。病院のロビーのベンチに座った俊太郎は、うつむいたまま動かなかった。
「俊太郎……」
毅は声をかけようと口を開くが言葉が続かない。3年生で最後の予選。このときのために頑張っていたことは、毎日練習を見ていたからこそよく知っている。
それに2週間というのも微妙な期間だった。参加校の多い都道府県であれば、予選は1カ月間あるが、そうではない県の予選は半月もすれば終わってしまう。もちろん半月というのは決勝まで勝ち進んだ場合の話で、もしその前にチームが負けてしまえば、もっと早く夏は終わる。
つまり俊太郎は最後の夏、試合に出られずに終わるかもしれないのだ。
「俺、多分、試合には出られない。守備を買われてるから」
俊太郎の声は震えていた。
もし仮に、俊太郎の売りが打撃であれば、ファーストなどにコンバートして、試合序盤に出場させるという選択肢もあっただろう。
「俊太郎、ベンチには入れるんだろう? 仮に試合に出られなくなって、できることはある。チームを支えるんだ。そういう姿勢が、必ずプレーに返ってくる」
「いいよ、精神論は。もうプレーすることなんてないかもしれない」
「行くんだろう、甲子園。なら、まだプレーできるチャンスはいくらでもある」
元気づけるつもりで言ったが、それは単なる正論で、高校球児かくあれかしという理想論に過ぎなかった。だからまだ気持ちの整理がついていない俊太郎には響かなかったのだろう。俊太郎は無言でうなずいただけだった。