依存症の治療へ
それから数カ月後、剛典は幸とともに地元のイベントホールを訪れていた。通院の目的は、ギャンブル依存症セミナーに参加するためだ。
実は、不倫の事実を知った直後の剛典は、迷わず幸と離婚しようと考えていた。幸は夫婦の共有財産をギャンブルに使い、不貞行為まで行っていたのだ。一般的に考えて、剛典が離婚や慰謝料の支払いを求めるのは当然のことだろう。
実際、剛典は不倫相手の男に対して、数百万円の慰謝料請求を行った。その後、幸にも離婚を請求する予定だったが、結局剛典にはできなかった。1度は愛を誓った相手である幸をそのまま見捨てることは、どうしてもできなかった。何より、日頃からもっと妻の様子を気にかけていたら、今回のような最悪の結果は避けられたのかもしれない。剛典は、幸との夫婦関係を再構築する道を選んだのだった。
それに剛典が離婚を踏みとどまったのは、ギャンブル依存について、自分なりに詳しく調べてみたことも大いに関係していた。ギャンブル依存症が精神疾患の1つであり、「やめたくてもやめられない」状態なのだと知った剛典は、幸の症状を改善することを当面の目標に定めたのだ。
ギャンブル依存から抜け出すための第1歩は、自分がギャンブル依存症だと認めること、そして依存症の原因やトリガーを探ることだと言われている。幸が涙ながらに吐露した「主婦としての寂しさ」以外にも、何かギャンブル依存の原因が隠れているかもしれない。
そう考えた剛典は、あれからできる限り幸の話をたくさん聞くことにしている。それが治療の役に立っているかどうかは分からないが、格段に夫婦の会話が増えたのは事実だ。以前よりも密に会話をするようになったことで、剛典は幸の考えていることに共感したり、興味を持ったりすることが多くなった。
ギャンブル依存の治療期間は、だいたい2年ほどと言われている。専門家でもない剛典には、幸が快方に向かっているのかどうか知るすべはない。まだまだ先の見えない道のりで、進む方向が正しいのかさえ分からない。だが、それでも幸がギャンブル依存を克服するまで絶対に諦める気はない。
真剣な顔で講演に耳を傾ける幸の横顔を見つめながら、剛典は胸に誓った決意を今一度かみしめるのだった。
※複数の事例から着想を得たフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。