プロスペクト理論の二大法則

一方の損害保険はどうでしょう。これは物が壊れたり、物を失ったりといった「損失」に関わる保険です。「価値関数」を含めた行動経済学の理論をいくつか見ていきます。

ダニエル・カーネマンとエイモス・トヴェルスキーが提唱した理論に「プロスペクト理論」というものがあります。これは損失回避の上位にある、行動経済学における代表的な理論です。

人が損失と利得をどのように評価し選択するかを解き明かします。ちなみにプロスペクトは、期待・予想・見通しといった意味です。以下は、プロスペクト理論の二大法則です。

・確率に対する人の反応は線形ではない
・人は損得の絶対量ではなく、損得の変化量から喜びや悲しみを感じる

法則の一つ「人の反応は線形でない」というのは、この損得と満足不満足の関係を表す線が直線ではなく曲線だということです。そして、損得が大きくなる、つまり中心から左右に遠ざかるほどに、反応を示す上り幅と下がり幅は小さくなります。

この性質を、行動経済学では「感応度逓減性」と呼びます。損得の値が小さいうちは、小さな変化が大きな喜びや悲しみをもたらします。損得の値が大きくなるにつれ、変化への反応が鈍くなります。例えば、気温が25度から30度に上がるより0度から5度に上がるほうが、同じ5度でも変化を強く感じます。これが感応度逓減性です。

プロスペクト理論のもう一つの前提である「損得の絶対量ではなく、損得の変化量から喜びや悲しみを感じる」を端的に説明するために以下の二人の違いを見て頂きます。

Aさん:昨日は100万円持っていて、今日500万円持っている
Bさん:昨日は900万円持っていて、今日500万円持っている

今日持っている金額が同じ500万円でも、昨日より増えたAさんは喜んでいるでしょうし、減ったBさんは悲しんでいます。同じ金額を持っていても今日に至る過程の変化が逆だからです。人は絶対量でなく、こういった変化の量で損得の評価をするのです。この変化の基準になるのが「参照点」です。

前述の例でいえば、Aさんは100万円、Bさんが900万円所有した状態です。変化が重要だとして、これを左右するのは変化の起点となる参照点です。この参照点がその後の評価を左右する法則を「参照点依存性」と呼びます。

さて、この法則と特に関わりが深い保険があります。家電などを購入した際に、追加の保険料を支払うことで保証が充実するタイプの保険です。例えば「10万円のパソコン購入時に3000円を払うと保証が3年に延長される」といったものです。この保険に入ってしまう理由は何でしょう。

「10万円のパソコンの支払い時に3000円で3年保証をつける」場合と「既に持っているパソコンに3000円払って3年保証をつける」場合を比較します。購入時に保険に入るかどうかの判断は、10万3000円払うか、10万円払うかの選択です。既に持っているパソコンの場合は、単純に3000円払うか払わないかの選択です。

これらの比較の参照点はともに0円です。そして「マイナス10万3000円orマイナス10万円」と「マイナス3000円orプラスマイナス0円」を比較するものと考えられます。前者では基本マイナス10万円なので、感応度逓減性により3000円の負担は小さく感じます。逆に、後者の心理的負担は何も払わないか3000円を払うかの選択なので、払うことへの抵抗感が生まれます。その結果、前者の場合は抵抗感を感じずに保険に加入するのです。
 

世界最先端の研究が教える新事実 行動経済学BEST100

 

著者 橋本之克

出版社 総合法令出版

定価 1,650円(税込)