今、行動経済学がブームです。
行動経済学は「心理学」と「経済学」が融合した比較的新しい分野の学問です。ビジネスから生活まであらゆる場面で生かせ、行動経済学者のノーベル経済学賞受賞も続いています。最も注目を浴びている学問と言ってもいいでしょう。
長年、ビジネスの最前線で行動経済学を活用してきた橋本之克さんは、「行動経済学を知れば、自分自身の不合理さに気づくことができる」と言います。夫婦喧嘩から保険投資まで、どうして人は合理的な判断ができないのかを橋本さんに解き明かしてもらいます。(全4回の3回目)
●第2回: 「なぜか解約できない…」行動経済学の専門家がサブスクを継続してしまう巧妙な仕掛けを明かす
※本稿は『世界最先端の研究が教える新事実 行動経済学BEST100』から一部抜粋・再編集したものです。
セール商品を追い求めると幸福度が下がる
現実社会は今、情報が溢れるデジタルネットワーク社会です。
調べさえすれば、商品の選択肢は果てしなく広がります。これが便利である一方、満足を阻害する可能性があると考えます。
何か一つのモノを買おうとした時、ネットで様々な商品情報を入手できます。販売しているECサイトが数多くあり、同じ商品でも販売価格が異なります。ショップごとの支払い総額の比較が容易ではありません。
またECサイトごとにタイムセールやキャンペーンがあり、タイミングで価格が異なります。さらに調べていくうちに近所のリアルな店舗で買うほうが、トラブル発生時に安心だと知る、といったことも起こります。ある程度絞れた段階にきたにもかかわらず、欲しい商品の次の機種が近日に発売されるという情報を見つけることもあります。そうなれば結果的に、購入を先延ばしするかもしれません。
こういったことが起きるのは、情報が多いほどに、より良い選択ができるとは限らないためです。情報はいくら集めても終わりはありません。それを基にした選択がベストかどうかもわかりません。とにかく手元に集まった情報の範囲で、「えいやっ!」と購入するのが、買い物の実態ではないでしょうか。そうすると決断の後まで、「もっと安く買えたかもしれない」などと、様々な疑念が消えません。選択に満足しきれない状態で終わってしまいます。
米国の心理学者バリー・シュワルツは、限りない選択肢の中から最高のものを選ぼうとするほど、後悔と不満の連鎖は広がると言っています。合理的意思決定の追求者は、抑うつ度が高く幸福感が低いと主張します。何かを選ぶ時、もし違うものを選んだら、違う結果になったのではないかと想像してしまうからです。さらに選んだ商品が良かったとしても、他を選んだらもっと良い結果が得られたかもしれない、という疑問を抱いてしまうのです。
思えば、限られた数しかない店舗に足を運んで、そこに置かれている商品の中から選んでいたデジタル化以前のほうが、心理的な「買い物の満足度」は高かったかもしれません。何しろ、自分が持たない情報については考慮する必要がなく、それに惑わされることもないのですから。
そもそも、買い物は不合理な選択にならざるを得ないものです。
これから情報の利用に伴う技術と精度が発達する可能性がありますが、現状においては、自分が情報収集や説得に割ける余裕がどれほどあるかを考慮しつつ、満足できる消費を行うのが良いのでしょう。
そこでは「選択の結果」よりも、「選択のプロセス」に自分が満足できることが大事になると考えます。