企業が買い物をコントロールしている可能性
企業が行動経済学を活用して人の購買行動に影響を及ぼすことにより、商品の販売促進を行うケースがしばしばあります。例えば、店頭に並べられた商品、設定された価格、商品スペックの表示などです。
これらの選択肢が、どのように用意されているかによって結果は変わります。人々が大事なお金を、注意深く支払っているつもりでも、無意識に購買行動を誘導されているかもしれません。
例えば、選択肢が二つの場合と三つの場合で選び方が変わるケースがあります。
これを検証するためにダン・アリエリーは、マサチューセッツ工科大学の学生を対象にした実験を行いました。週刊経済雑誌『エコノミスト』の購読に関するものです。対象者は三つの購読プランから一つを選択します。
A:オンライン版の年間購読:59ドル
B:印刷版の年間購読:125ドル
C:印刷版とオンライン版セットの年間購読:125ドル
回答結果は、以下のようになりました。
A:16%
B:0%
C:84%
Bの印刷版と同じ金額で、Cの印刷版とオンライン版のセットが購読できるとなれば、これが魅力に見えるのも不思議ではありません。
次にもう一度、質問します。
A:オンライン版の年間購読:59ドル
C:印刷版とオンライン版セットの年間購読:125ドル
回答結果は、以下の通りです。
A:68%
C:32%
Cのセット購読を選ぶ人が32%に激減します。元々誰も選ばなかった選択肢を外しただけなのですが選択結果は変わりました。これは「アンカリング」の影響を受けていると考えられます。
アンカリングとは、先行する何らかの数値によって、その後の判断がゆがめられ、後から判断された数値がアンカーに近づく傾向のことです。
アンカーは船の錨を意味します。船が錨の周囲しか動けないのと同じように、アンカーの数値から近い範囲で判断を下してしまうのです。
またこの例では「魅力効果」も影響しています。魅力効果とは、対象となる選択肢と同時に、これよりすべての点で劣る選択肢を並べると、対象となる選択肢が選ばれる可能性が高まる効果です。この実験では、Bが「オトリ」となりました。そして魅力効果により、BがCの魅力を高めました。最初の質問におけるBがアンカーです。これがAとCの相対的な評価を歪めました。回答者はBとCを比べることに意識が集中して、Aで十分ではないかという発想に至らなかったわけです。Bがない場合は、純粋にAとCを冷静に評価します。そこで初めて、割安なオンライン版だけで十分という結論に至ったのです。
●第4回は【「高いのにお得に感じる」。必ずしも合理的とは言えないが「日本人が保険好きになった」必然の理由】です。(7月11日公開予定です)。
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著者 橋本之克
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