岸田政権が掲げる国民の「資産所得倍増プラン」。その具体的な政策の1つに「金融教育の普及」がある。すでに2022年度から、高校の家庭科の授業で「投資や資産形成にまで踏み込んだ金融経済教育」が必修化された。さらに幅広い世代への金融教育を国家戦略として進めるために、2024年中にも「金融経済教育推進機構」を設置する方針だ。 一見、着々と「金融教育の普及」が進んでいるようだが、見落としている課題はないのか。専修大学で金融・ファイナンスに加え、金融リテラシーを教えている渡邊隆彦教授に、日本の金融経済教育の課題について聞いた。

※本稿はfinasee Pro「大学の現場から考える 金融リテラシー向上のための金融教育 専修大・渡邊隆彦教授(元MUFG)インタビュー」(2023年6月29日掲載)を再編集したものです。

岸田政権の〝資産所得倍増プラン〟で大学生の意識にも変化も

渡邊氏は、三菱UFJ銀行でマーケット業務や投資銀行業務などで要職を歴任した後、2013年4月に専修大学商学部教授に転身した。以降、ほぼ10年にわたって金融教育の現場で教鞭を執っている。担当している講義には、「金融サービス」「国際金融」「外国為替のディーリング戦略」などが並ぶ。ここ数年、20~30代といった若年層が投資を始めるケースが増えているといわれているが、大学生にも意識の変化はみられるのだろうか。

「岸田政権が〝貯蓄から投資へ〟や〝資産所得倍増プラン〟といった政策を打ち出して以降、投資に対する学生の関心は高まっているようです。とはいえ、多少関心度が上がったという程度で、金融知識の必要性を切実に感じるようになったのか、といえば、まだまだではないでしょうか」(渡邊氏/以下同)。

2019年に起きた「老後資金2000万円問題」のときにも、学生の間で多少話題にはなったそうだが、「老後資産作りには長期投資が重要とはいっても、学生にとっては〝老後〟や〝長期〟という言葉は現実味が薄く、自分事としては捉えにくい。真剣に授業を聞いてもらうためには、単位が取りやすい講義として教える必要があります(笑)」

日銀と提携し「金融リテラシー」講座を展開

大学では新しい試みにも取り組んでいる。金融リテラシーの講義は、日銀が事務局となっている金融広報中央委員会と〝タイアップ〟をしている。毎回授業ごとに、全銀協や投信協会、FP協会といった団体から講師を招き、授業を行っているという。学生に少しでも興味を持ってもらう工夫だ。

「今の大学生は真面目です。ただ、裏を返すと物事を鵜呑みにしやすいところもあります」。渡邊氏は、ゼミの卒業生から次のような話を聞いた。社会人になってから積立投資を始めたが、しばらくすると、収入の範囲では積立投資を続けることが難しくなってきたので、カードローンで借りたお金で積立てを続けたという。とにかく、積立投資は続けなくちゃいけないという思い込みが先行してしまったのだ。

「金融リテラシーが身についていれば冷静な判断ができます。しかし、それをきちんと学ぶ機会はほとんどありません。そこで、大学の授業として学生に受講してもらおうと思ったのです」