今、行動経済学がブームです。

行動経済学は「心理学」と「経済学」が融合した比較的新しい分野の学問です。ビジネスから生活まであらゆる場面で生かせ、行動経済学者のノーベル経済学賞受賞も続いています。最も注目を浴びている学問と言ってもいいでしょう。

長年、ビジネスの最前線で行動経済学を活用してきた橋本之克さんは、「行動経済学を知れば、自分自身の不合理さに気づくことができる」と言います。夫婦喧嘩から保険投資まで、どうして人は合理的な判断ができないのかを橋本さんに解き明かしてもらいます。(全4回の4回目)

●第3回: 多すぎる選択肢の中から選ぶのは、後悔と不満のもと!? デジタル化以前のほうが「買い物の満足度」は高かったかもしれない“理由”

 

※本稿は『世界最先端の研究が教える新事実 行動経済学BEST100』から一部抜粋・再編集したものです。

 

保険が日本で普及したわけ

保険は、大別すると損害保険と生命保険に分けられます。そしてこれらは、制度や商品ができた時期や定着した経緯が少しずつ異なります。

損害保険の歴史は長く、古代オリエント時代までさかのぼります。資金を借りて旅に出た商人たちが、災害や盗賊の襲撃で荷を失った場合、資金を貸した者が損害を負うという取り決めから始まりました。さらに、15世紀半ばから17世紀半ばの大航海時代には海上保険も生まれました。船や積み荷の持ち主がそれらを担保に借り入れし、無事に帰ったら利息を付けて返済し、船や積み荷にトラブルがあれば返済が免除される仕組みです。

海上保険に続いて、ロンドン大火(1666年)をきっかけに火災保険も誕生しました。日本でも江戸時代の朱印船貿易の時代に、この海上保険に似た制度が生まれています。

もう一方の生命保険は、中世ヨーロッパの同業者組合「ギルド」で冠婚葬祭などの費用を分担し合ったのが起源と言われます。その後17世紀に英国の寺院で牧師が組合を作り、万一の際に遺族へ生活資金を渡すために保険料を出し合いました。これが生命保険の始まりです。

日本における保険は1867年、福沢諭吉が海外の保険を紹介したことがきっかけとなり始まります。1879年には海上保険会社、1888年には火災保険会社が設立されました。生命保険会社の設立は1881年です。

明治時代から大正時代にかけては、日清戦争(1894~1895年)と日露戦争(1904
~1905年)、関東大震災(1923年)など大きな出来事があり、戦死者や犠牲者に多額の保険金が支払われました。しかしこれらの悲劇によって逆に、多くの人々が生命保険の存在とメリットを知るようになりました。

第二次世界大戦(1939~1945年)後には、手に職のない多くの戦争未亡人が保険のセールスレディとなりました。各保険会社はこぞって受け皿を作り、彼女たちは日本中で家庭訪問や職域訪問による営業を行いました。

1980年代になると、大卒以上の学歴と税制や法律などの知識を備えたライフプランナーによるコンサルティングセールスも登場します。さらに時が経ち、ネット社会となった今ではデジタルメディアが、保険加入を促す情報提供や保険販売のチャネルとなりました。

こういった歴史を改めて見ると損害保険の根底には、商売などにおける「リスクの分散」や「投資」の狙いがあるようです。一方の生命保険は、「相互扶助」の精神で生まれたと考えられます。

戦後日本における生命保険の普及においても、一生懸命に販売ノルマを達成しようとする戦争未亡人と保険加入者の間に、暗黙の相互扶助意識があったと想像できます。ちなみに、当時の保険販売方法は「GNP」などと呼ばれました。これは、「義理(G)」、「人情(N)」「プレゼント(P)」の三つです。保険知識の乏しいセールスレディたちはGNPで日本中に保険を浸透させました。このような働きもあって、現在の日本は比較的、保険加入率が高いと言われています。

「生命保険文化センター」の調査によると、2022年時点の生命保険加入率は、男性77・6%、女性81・5%だそうです。また、一世帯当たりの年間払い込み保険料は、2021年時点の平均で37万1000円でした。これを30年間払い続けるとトータルで1113万円、40年間だと1484万円になります。

仮に、こういった月々の支払いを貯蓄に回すという発想があれば、保険に加入しなくても、万一に対応することも可能かもしれません。にもかかわらず保険に加入する人が多いのは、なんらかの原因があるはずです。その原因を行動経済学の視点から考えていきます。