広告会社の営業として働く吉田智子(45歳)は、やりがいのある仕事を任されて充実した毎日を送っていた。いまだ独身で、妊娠・出産が難しくなる年齢を迎えたこともあって、「このまま1人で老後を迎える」ということについても考えを巡らすようになってきた。独身の高齢女性としての生活を考えた時に、「やはり、先立つものはお金」と思った。2024年1月から始まった新NISAを目いっぱいに使って資産形成をしようと意気込んだものの、どうもその投資に納得のいかない思いが強まっていた。それは……。
仕事にやりがいを感じる45歳シングル女性
智子は、メールに添付するプレゼンテーション資料の内容をもう一度見直して、手直しの必要がないことを確認した上でメールを送信した。ふう、と大きく息をついてラップトップPCを閉じた時、枕もとのデジタル時計は「01:15」だった。大きく伸びをして、ベッドに横になろうと思った時、携帯電話が鳴り出した。電話をしてきたのは、思った通り部下の谷川雄太(36歳)だった。谷川は「ありがとうございます。これで5ページ目と6ページ目のつながりがずっと良くなりました。さすが、吉田さんです」と、電話口でペコペコ頭を下げているのがわかった。智子の「まだ起きてたの? 明日は早いんだから、早く寝なさい。この件、絶対に獲得するから。気合入れて行くよ」とハッパをかけると、谷川は「ハイ!」と勢いよく返事をして「おやすみなさい」とすぐに電話を切った。
智子は、広告代理店の営業チーム長だった。都内の中堅どころの広告会社で、智子が率いているのは、デザイナーなどコンテンツ制作チームを持ち、専属の総務・経理チームを備えた総勢35人になるチームだった。社内の営業は、智子のチームも合わせて4チーム体制だった。4チームの中では、新規顧客の獲得で他に勝る実績をあげていた。その実績には、智子の持つ多彩で新鮮なアイデアの力が大きかった。智子は、文字通り営業のエースとして会社の成長をけん引する巨大なエンジンと目されていた。智子は社内でも1位、2位を争う仕事の鬼で、そのため、45歳の今に至るまで独り身だった。もはやチームで預かっている新入社員は、智子の子供と言っても良い世代になっており、「社会人のひよっこを一人前に育てることが、子育てのようなもの」と、ひとり身が寂しくて眠れない夜などは自分自身に言い聞かせていた。