娘の部屋で
家を出た成美が向かったのは、里香のマンションだった。
大きな荷物を持った成美を里香は笑顔で迎えてくれる。
「ごめんね、しばらくの間、お世話になります」
「いいよ。お母さん、むしろよくやったよ」
荷物を置いて、小さなソファに腰を下ろす。
「なるべく早くに出て行けるように頑張るからね」
「全然気にしないで。そのデザイン事務所ってここからも通えるんでしょ?」
「そうね。でもいつまでも厄介になるわけにはいかないから」
その夜は里香とささやかな乾杯だけをして、早くに就寝をした。とても疲れていたからか、久しぶりに熟睡をすることができた。
就職祝い
それから間もなく成美は無事にデザイン事務所に採用された。
最初はアルバイトだが、働き次第によっては正社員として登用してくれるとのことだった。ずいぶん昔に諦めていた人生がようやく始まると思うと、期待に胸が躍った。
成美の就職を里香がお祝いをしてくれるというので、2人で歩きながら店まで向かった。
「ほんとに一人暮らしするの? 一緒に住めばいいじゃん」
「ちょっとね、お母さんも久々の独身を楽しみたいのよ」
「ふーん。でもお金は?」
「慰謝料をたんまりもらうから。それにこれからはちゃんと働くしね」
「いつぐらいに正式に離婚できるの?」
「うん、ちゃんと弁護士の先生から話を聞いてるから。でもまだ離婚したくないってグズってるみたいだけど」
「みっともない……」
里香は嫌悪感たっぷりの言い方に、思わず成美は笑ってしまう。
「パパとおばあちゃんってさ、これからどうなるんだろうね」
「さあね。興味ないわ」
目の前に交差点が近づいていた。右が左か、真っすぐか。
どこに行くのも成美は自由だった。
※複数の事例から着想を得たフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。