発表時、大きな話題を呼んだ施策の「本当の目的」は

――その2023 年3 月の「資本コストや株価を意識した経営の実現に向けた対応等に関するお願いについて」と題された資料は、「PBR 1倍割れ改善要請」としてクローズアップされがちでした。

「PBR 1倍割れ」が注目を浴びたのは、良かった面と悪かった面があると考えています。PBR 1倍割れとは、いわば「解散しないで存続することが投資家に評価されていない」という意味ですから、経営改善の必要性が直感的に伝わりやすく、企業に意識を持っていただく効果がありました。

一方で悪かった面としては、すでにPBR 1倍を超えている企業は「関係がない」と誤解されていた点が挙げられます。実際、PBR 1倍を超えている企業とPBR 1倍を割れている企業では、足元の対応状況に大きな開きができました。企業分析の指標はROEやエクイティスプレッドなど多種多様で、PBRについてはあくまで示しただけに過ぎません。資本収益性と市場評価など多面的に分析していただくことが投資家からは期待されています。

――あらためて、本来の「資本コストや株価を意識した経営」とはどのような経営を指すのでしょうか。

東証がお願いした趣旨は、株主や投資家の目線に立って経営資源を適切に配分する、すなわち、株主の期待である資本コストを意識して、資本から見た収益性を高めていただきたいということです。これまで損益計算書(P/L)上の売上や利益にフォーカスされがちだった目線を、貸借対照表(B/S)上の資本コストや資本収益性まで広げてもらいたいということです。

また、市場評価に関しても、上場企業である以上、自社がどう評価されているのか、しっかりと投資家に成長性が伝わっているのかなど、意識していただきたいということです。

例えばPBRやROEなどで比較してみると、米国企業に比べて日本企業が劣っているのはファクトとしては明白です。フォローアップ会議で検討を始めた当時のデータではありますが、PBRはプライム企業でも約半数が1倍割れでしたし、ROEも約40%が一般的に目安とされる8%に届いていませんでした。一方で米国のS&P500だと、前述の水準に未達の企業は5~ 10%程度しかありません。そこで上場企業には、投資家目線での経営スタンスを取り入れてほしいと考えて対応を要請した次第です。

――2023 年3 月の“お願い”に続く動きとして、「資本コストや株価を意識した経営」に対応し、情報開示している企業の一覧を2024 年1月15 日に公開し、こちらも大きな話題になりました。どのような狙いだったのですか?

狙いは資本コストや株価を意識した経営に積極的に取り組んでいる企業のバックアップです。東証として積極的に取り組む企業をぜひ投資家に知ってもらおうということで始めました。今後も毎月15日に、前月末時点の集計データをアップデートしていきます。

また2月1日には、現時点で投資家から一定の評価を得られた事例を取りまとめて公表しました。これは、国内外の機関投資家約90社からもらったコメントや事例をまとめて公表したものなのですが、実際に投資家が期待するポイントや事例を企業に見てもらうことで、今後の検討、あるいは内容のアップデートの題材にしてもらう狙いです。

また、今回の取り組み全体としての分析を四半期に一度のペースでしていくつもりです。特に、次の3月期決算企業の決算発表後の状況というのは、注目点になると思っていますので、より多くの企業に開示していただきたいですし、それを踏まえて東証としても次の施策を考えていきます。

――それは目が離せません。最後に資産形成のまっただなかにいる、個人投資家に向けメッセージをお願いします。

日本企業、ひいては日本全体がひょっとしたら変化するのではないかと期待している投資家の方もいれば、半信半疑の方もいるのではないかと思います。ただ、いずれにしても市場開設者の立場として、投資家の期待に応えていただける上場会社が1社でも増える取り組みをこれからも進めていきます。企業の実際の取り組みや変化に着目していただき、日本企業を応援していただけるとうれしいです。

――日本企業の“経営のあり方”が変わることは、株価や指数のパフォーマンスはもちろんのこと、生活者としての私たちにも大きな影響を与えそうです。これからも東証の施策に注目していきます。本日はありがとうございました。