『もしかしたら、俺は死ぬかもしれない』
分厚いウエアを着ていても、やはり寒い。
小島は身体を小刻みに揺らし、なんとか暖まろうとしたが無駄だった。日が沈むと寒さはよりいっそう厳しくなった。少し厚着すぎるかと思ったが、しっかりと重ね着をしてきて良かった。寒さはつらいが、深刻な低体温症はなんとか避けられるはずだ。
しかし、頭ではそう分かっていても、心を落ち着けるのは難しかった。
『もしかしたら、俺は死ぬかもしれない』
寒さに震えながら、小島は恐怖におののいていた。
本当に夜を越せるか不安で仕方がなかった。中途半端に知識があるのが逆に良くなかった。
雪山で遭難した人間の末路を知っているだけに、いくら『大丈夫だ』と自分に言い聞かせても、恐怖が湧き上がってくるのを止められない。
そもそも、ホワイトアウトの状態でその場から動いてしまったのが最大のミスだった。決してその場から動かずに視界が晴れるのを待つのが鉄則なのに、自分はそれさえも忘れてしまった。恐怖と同時に自己嫌悪も小島を苦しめた。
寒さと恐怖と自己嫌悪の中で、ひたすらに時間が早く過ぎることを祈った。
そんな小島を眠気が襲う。さすがに雪の中で寝てしまうのはまずい。頭を振ったり自分の頰をたたいたりしてなんとか眠気を覚ます。
眠気は小島を試すかのように断続的にやってくる。そのたびに自分の頰を強くたたく。しかし、眠気に負け、まるで倒れこむように顔面から雪に突っ込んでしまった。雪の冷たさが顔に突き刺さり、すぐに目が覚めた。危なかった。このまま眠っていたら冷たくなって救助隊に発見されるところだった。
後ろで大きな音がした。
『もしかして、クマか?』
最悪のシチュエーションが脳裏をよぎり、身体をびくっと震わせた。こんな状態でクマに出くわしたら絶体絶命だ。
しかし、小島はすぐに冷静さを取り戻すことができた。クマは冬のあいだは冬眠している。ゆっくりと後ろを振り返ると、そこには樹木から落ちた雪の塊があった。普段は強気な小島だが、雪山にひとり取り残されてはそうもいかなかった。あまりにも弱くて臆病な自分が情けなくて、自己嫌悪がさらに加速していった。
指先が冷たくて仕方がない。もしかしたら、凍傷にかかっているかもしれない。ひどい凍傷になれば指先が壊死(えし)し、切り落とす羽目になる。もしも全ての指を切り落とすようなことになれば、二度とまともに働けないのではないか。
恐怖に駆られた小島は、必死になって手袋に包まれた指をこすり合わせた。
夜の雪山のなかで、小島は孤独な戦いを強いられていた。